第56話 あまあま溺愛ダーリン

 旅から帰って来た翌日から、私はマーカスの協力を得て小麦畑作りに精を出していた。


 ちょうど週末でよかったわ。


 ルーシーには、ゆっくり休んだらどうかと言われたけど、私にはやらなければならないことが山積みで。


「レティシアさん、見事な小麦畑ができましたね」

「ええ、これもマーカスのお陰よ。力を貸してくれてありがとう。疲れていない?」


 目前には、野球場並の面積に、青々とした小麦が元気よく天に向かって伸びている。


 これだけあれば、ラデス国王に「足りないだろう」なんて言われないはずだわ。


「君がこき使ったんだから、疲れているに決まってるよ。大丈夫かい? マーカス」

「えっ、僕はその……大丈夫だよ? でも、心配してくれてありがとう、ルーク」


 マーカスを気遣うように、ルークが肩を抱いている。

 そして、頬を赤らめるマーカス……


 なんなの、この二人を包む空気は。いたわり合うように見つめ合っちゃって。ちょっと、怪しくない?


 ルークのマーカスを気遣う声音は、甘さを含んでいるように感じられて。

 とはいえ、私にも確かにマーカスを疲れさせてしまった自覚はある。


 どんなことをお願いしたかというと、パースティナ国から持ち帰った小麦はまだ緑色だったため、まずは黄褐色おうかっしょくになるまで成長させてもらった。それを今度は精選して、種を取る作業をしたのだ。


 これは貧民街の子どもたちにも手伝ってもらったのよ!


 次はうねを作る必要がないお陰で、溝だけ作りすぐに種蒔き。そしてマーカスに成長促進してもらって、また種を取る。これを三回繰り返した。種を増やしたかったからだ。


 翌日の今日は、その種を広大な畑に蒔き、マーカスの魔法で一気に小麦を黄褐色になる手前まで成長させてもらったところだ。


 ラーミス国の小麦と成長速度を合わせておかないと、怪しまれるものね。


「ルークのほうこそ、疲れたんじゃない?」

「私はそれほどのことはしていないから、力は有り余っているよ」


 ルークには、水やりを担当してもらっていた。私的には、ヴィクトルでもよかったのだけど、なぜかルークがマーカスのそばにいて。


 私がいない間に、何があったのーーー! すっごく気になるんですけど。


 知りたい。何がどうなって、二人の間に恋が芽生えたのか。


「ねえ、マーカス。あなたたちって……恋人同士よね? いつの間に、そんな間柄になったのよ」


 欲望が抑えきれず、決定事項のように直球を投げてしまう。


「な、何を言っているの、レティシアさん。僕と彼は、ゆ、友人だよ」


 明らかにマーカスは挙動不審だった。顔を真っ赤にして、友人と口にしながら窺うようにちらちらとルークを見ている。


「隠す必要はないよ、マーカス。君は私にとって、自慢の恋人だからね。しかしよくわかったね、レティシア」

「私を誰だと思っているのよ。見つめ合う眼差しで、すぐにわかったわ」


 腐女子の私をなめてもらっては困る。醸し出す雰囲気で、ピンとくるのだ。


「ふ~ん、意外だね。色恋沙汰には、興味なさそうなのに。はっ! もしかしてマーカスに気があったんじゃ……。ダメだよ、マーカスは私のものなんだから」


 私の目から隠すように、ルークがマーカスを抱き込み背を向ける。


 キャー! ルークは、あまあま溺愛ダーリンタイプなのね!


 最高だ。タイプの違うカップが、私の周りに三組もいるなんて。


 やんちゃな王子、ルバインを手のひらで転がす屈強な幼馴染みノーラン。従順でありながらも、「今夜はお仕置きですよ」なんて台詞を言っていそうだ。


 それから知的な王子のヴィクトルと、守ってあげたくなる気弱そうな次男坊コンラッド。「そんな堅いこと言わないで……」なんて甘えられて、ヴィクトルが狼狽えていたりして。


 そして新たなカップルは、プレイボーイで歯の浮く台詞もお手の物のルークと、心優しいシャイなマーカス。特別な相手ができたことで、ただ一人に注がれるルークの甘い言葉に、初心なマーカスはどう変わっていくのか。


 これは必見よね! 


 しかしこれだけカップルが増えると、やっぱりドクロステージってBLの花園なんじゃあ……と思ってしまう。


 はっ、クリストフもそうだったりして──


 だからディアナになびかなかったのかも。だとしたら、クリストフはどんなダーリンになるのかしら。好きな子は揶揄からかうタイプ?


 と腐女子モード全開だったのだが。


「もう、何言ってるの、ルークったら。レティシアさんは、クリストフ殿下の婚約者になったんだよ。おめでとう、レティシアさん」


 なぜそれを──一気に現実に引き戻されてしまったわ……


「あ、ありがとう……というか、なぜ知っているの?」


 まだ正式に発表されていないはずだし、そもそも婚約者になったのはつい最近だ。


「なぜって、クリストフ殿下が、会う人会う人に伝えているからだよ」


 クリストフ──あなたという人は。


 必要以上のことはしゃべらない、寡黙かもくな人だと思っていたのに。


 そりゃあね、女除けのためには、広める必要があるでしょうよ。でもね、婚約破棄した後の私の立場って、考えてくれてるの?


 『やっぱり性悪女には、第一王子の婚約者は務まらないってことよね』


 そう囁かれ、嘲笑ちょうしょうされるに決まっている。


 絶対に、私から婚約破棄したことにしてもらうんだからね!


 だって私はすでに一度、ルバインから婚約破棄されている。二度もなんて、これ以上噂話ネタを提供するなんて御免こうむりたい。


「あのクリストフ殿下が、レティシアを婚約者にするなんて、君たちこそ何があったの?」

 心底不思議そうに、ルークが問うてくる。


「わ、私の場合は、政治的にいろいろあるのよ。それよりあなたたちのことを教えて!」


 ダミーの婚約者だなんて言えない。


「う~ん、どうする? マーカス」

「え、嫌なわけではないけど、恥ずかしいな」

「ふふ、こんなに頬を赤くして……本当に可愛いね、マーカスは」


 頬を撫でたりなんだりと、イチャイチャが半端ないわ──


 このあと、私はさんざんノロケ話を聞かされた。

 植物に愛情を注ぐマーカスが素敵だとか、貧民街の民のために、昼夜問わず雑木林に足を運び開拓を進める姿に胸を打たれたとか。

 早い話、マーカスの人柄に心を奪われたのだろう。


 ということは──ディアナ争奪戦は、ライナスの一人勝ちね!


 まあ、参戦者がいなくなっただけだけど。


 何はともあれ、攻略対象たちが幸せそうでよかったわ!


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