第53話 また会いましょう

 清々しい朝を迎え、私たちは城の中庭を通り幌馬車ほろばしゃが止めてある厩舎に向かって歩いていた。


 まるで、おとぎの国の一コマみたいだわ!


 早朝ということもあって、草木の葉についている朝露が陽光を反射して、きらきらと光っている。


「六日なんて、あっという間でしたね」

「そうだな。だが、帰路に費やす時間に余裕はないぞ」


 クリストフ的には、ラデス国王の訪問を考えると、もう少し早く出発したかったというのが本音だろう。


「ええ、わかっています。休憩は最小限で大丈夫ですから!」


 馬車に揺られるのも慣れたから気遣いは無用だと胸を張ると、「だといいんだがな」とクリストフにため息をつかれる。


 見くびらないでもらいたい。そう反論したいところだけど、軟弱な身体であることは事実で。


「私も日々、成長していますから問題ありません。それに私は、その辺の令嬢とはが違います!」


 意気込んで断言した私だったのだが……


「ああ、確かに違うな。レティシアほどのは、これまでお目にかかったことがない」

「な、なな……ここで性悪を持ち出すなんて、クリストフ様、大人げないのでは!」


 クリストフは悪戯っぽい物言いだったけど、本心だったとしたらと思うと気持ちが沈む。


 そりゃあ私のこと、良くは思っていないことくらいわかっているけど──


 でも共に旅をするうちに、もしかしたら私に対する気持ちに変化があったのではないかと思えた瞬間が何度もあって。


 期待したらダメよね。簡単に拭えるほど、私の悪役ぶりは可愛いものではなかったし。


 それに、根に持たれるような何かを、過去の私がやらかしている可能性もある。


「クリストフ、揶揄うのはその辺にしておいてくれよ」


 前を歩いていたお兄様が振り返り、「無理はしなくていいからな」と、私の頭を撫でてくれる。やっぱり私のお兄様は、飛び切り優しい。


「レティシアも、誤解しないでやってくれ。クリストフは優しさの表現が、ちょっと屈折してるだけなんだ」


 屈折してるって──


「人聞きの悪いことを言わないでくれ。──約束を忘れているレティシアに、問題があるだけだ」

「え……約束?」


 なんの? 約束なんてしたかしら……


「おい、クリストフ──」

「っ──、いや、なんでもない」


 咎めるようなお兄様の声に、はっとしたようなクリストフの様子から、うっかり口が滑ったのだとわかる。


 やっぱり私、クリストフに何かしたんだわ。いったい何を──


「着いたぞ。君、準備をありがとう。さあ、キャビンに乗った乗った!」


 いつでも出発できるよう、幌馬車には馬が繋いであった。そばには厩務員きゅうむいんの姿があり、お兄様がお礼を言っている。そして私の思考を遮るかのように、お兄様が明るい声で私をせき立て背中を押してくる。


「え、ちょっと、お兄様──」

「そうですね。早くしないと、城門で待っていらっしゃるでしょうから」


 エセルのやわらかな声に促され、私たちは城門へと急ぐのだった。


 ∞∞∞

 

「我が国のために力添えいただいたこと、心より感謝する」

「こちらこそ、有意義な時間を過ごさせていただき、ありがとうございました」


 城門では、国王様が差し出した手を、クリストフは恐縮しながらも取り、固く握手を交わしていた。


「今後の状況などは、手紙でやり取りいたしましょう」

「よろしく頼むよ。それから、レティシア嬢。くれぐれも、自分を犠牲にしないように」

「はい。お心遣い、ありがとうございます」


 昨夜はロイも交え、私の整理した策略を伝えた。お兄様はエセルもそれに絡んでいるため、渋い顔をしていた。けれど、エセルが乗り気だったことで、なんとか頷いてくれた。クリストフはといえば、特に反対することもなく、ひとりで何かを思案しているようだった。


「レティシア嬢、パンがゆ、美味しかったわ。こんなに早く回復できたのも、あなたのお陰よ」

「そんな……光栄なお言葉を、ありがとうございます」


 顔色は良くなっていても、まだ体力は戻っていないだろうに、王妃様は見送りに来てくれていた。その傍らには、腰に手を回し王妃様を支えている国王様がいて、仲睦まじい夫婦の姿に温かな気持ちになる。


「それでは、我々はこれにて失礼いたします」

「皆さん、お気を付けて。いつか、メフィラーナ国に行かせていただきます」

「待ってるわ、ロイ。また会いましょう」


 私たちは別れを告げ、城門を離れた。

 そして、王都の中心街を通過したころ。


「さようなら! レティシアお姉ちゃ~ん」


 あれ、この声って──


 私は急いで帆を捲った。


「クレア! 元気でね。サウル、デイジー、マイナ、ナドウも、皆、さようなら」


 街道にそって、五人が並んで手を振ってくれていた。子どもたちの後ろには、親御さんの姿もあって、深々と頭を下げている。そして馬車が通り過ぎると、子どもたちが後ろから走って追いかけてきた。


「せーの!」

「「「「「パン、美味しかったよーーー」」」」」


 嬉しい。子どもたちの笑顔が、心から嬉しかった。


「あ、ありがとう、また会いましょうね!」


 私は子どもたちの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。

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