第51話 交渉
城門での一幕が降り、「盗賊に囚われていた僕たちを助けてくれた恩人です」とロイから紹介された私たちは、国王様から丁重なもてなしを受けていた。
「子どもたちは国の宝。なんとお礼を申し上げればよいのか」
一国の王が何度も頭を下げるなんて、メフィラーナ国では考えられないわ。
だからといって、威厳が感じられないわけではない。国王とは思えないほど謙虚なだけで。この姿勢が、国民に寄り添った王室ということなのかもしれない。
ロイのお父様は、とても温かな人。これが私の感じた人物像。
年齢は三十代前半に見える若き国王だ。前国王は早くに王位を退き、離宮で隠居生活を送っているという。
性格がいいうえにイケメンだなんて、最高の国王様だわ!
栗色の髪は短く切り揃えてあり、清潔感のある風貌をしていた。目元は涼しげでシャープな顎のラインは美しく、顔に収まるすべてのパーツの配置は均整が取れていて、目の保養をさせてもらった。
けれど寝不足なのか、目の下にクマがあり疲労の色が窺えた。ロイだけでなく、子どもが五人も消えたのだ。その心労は、計り知れないもののはずで。
あの子たち、今ごろは家族に甘えているかしら。
国王様の指示で、子どもたちは兵士によって家まで送り届けられている。
「頭をお上げください。もう十分、お気持ちは伝わっていますから」
クリストフは国王様に自分の身分を明かしていて、王子としての振る舞いを見せていた。私はというと、品良く微笑んで座っているだけ。エセルに関しては、恐縮していて動きがぎこちない。あれではきっと、食事の味なんて覚えていないだろう。
まあ、国王様を目の前にしているのだから、無理もないことだ。
お兄様はそんなエセルを、楽しそうに見ている。
いや、『可愛いと思っている』の間違いだったわ。
そんなこんなで、すべてのやり取りをクリストフに丸投げしている私たちである。
「いや、いくら感謝しても足りないくらいだ。本来なら、王妃からも謝辞を述べるべきなのだが、生憎まだ体調が優れず申し訳ない」
ロイが戻り、王妃様は精神的に安定されたとのことだった。けれど食欲不振が続いていたため、体力が落ちていることから同席が適わなかったという。
身重なら、なおさらよね。
王妃様は第二子を妊娠中。そんなときに誘拐騒動が起きたのだ。精神的に憔悴もするというもの。
「お気になさらず。それより、王妃様は何か口にされましたか?」
クリストフが尋ねると、スープを少しという答えが返ってくる。
固形物を食べると、吐いてしまうそうだ。これでは中々、体力も戻らないだろう。 消化に良くて、栄養の取れるものがあるといいのだけれど。
あ、パンがゆなんてどうかしら。
「心配には及びませんよ。それより、この子に魔法のいろはを教えてくれたとか。まさかロイが魔法を使えるようになるとは、喜ばしい限りだ」
しんみりとした空気を払拭するかのように、国王様が話しを変えた。
「たいしたことは教えていませんよ。もともとロイ殿下に、素質があったのですから」
「謙遜を。魔力のコントロールの仕方や魔法の知識など、実技をとおして教示を受けたと聞いている」
ロイにとってクリストフは、師匠という位置づけのようだ。
「何かお礼をさせてくれないだろうか。とはいえ、このような小国では希望に添えないかもしれないが」
国王様の言葉を受け、なぜかクリストフが私に視線を寄こした。
え、何?
「でしたら、この者の願いを聞き入れていただけないでしょうか」
へ、ちょっと待って。何、そのフリは⁉ しかも今って、困るんですけど!
小麦のことで、国王様とは話がしたいと思っていたけど、まだ作戦を練っている最中で。 一応、まずパンを食べてもらって、「な、なんだ……この食べ物は⁉」みたいな展開にしようかと考えていたんだけど。
「ふむ、レティシア嬢の願いか。いったいどのようなものかな?」
国王様が小首を傾げ、優しい眼差しで私を見ている。
う、イケメンオーラが眩しすぎる──
ここに来る途中、小麦を見つけた時点でクリストフは私の思惑を感じ取ってのお膳立てかもしれないけど、急すぎる! もうこうなったら、直球あるのみ。
「え……と、その、パースティナ国で、小麦の栽培をしていただけないかと。それを粉に加工したものを、メフィラーナ国に輸出してほしいのです。それと、
「ほほう、小麦。そのことは、ロイから少し話を聞いている。雑草などではないと」
前振りがあったようで、話がスムーズに運びそうだ。私がロイに視線を向けると、にこりと微笑んでくれた。
「しばらくの間、滞在が許されるなら小麦粉を使ったパンやクッキーの作り方をお教えいたします」
小麦粉などは自前のものを使うから、材料の心配はないとも伝える。
「父上、新たな食文化が広がる好機です。それに交易が望めるのは、国としても利点です」
「まあそうなのだが……小豆のほうは問題ないとして、小麦の件は支障がありそうだ。ラーミス国との関係が
国王が若いというのもあってか、派手な動きを見せれば潰しにかかってくるかもしれないという。
「そのことは、私も危惧しています。そこで私から提案があるのですが──」
ざっとだけれど、考えていたことを話してみた。
「それは……そなたが悪役になりはしないか?」
「お気になさらず。慣れておりますから」
にこりと微笑めば、国王様がなんともいえない困惑顔を見せる。
「彼女の言うとおりにしましょう。私も最善の策のように思います」
クリストフの援護射撃のお陰で、国王様は首を縦に振ってくれた。
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