第50話 み、見つけたわ!

 草原から王都に向かって伸びる一本の田舎道。

 私たちの乗る幌馬車が、王都の外れにある最初の民家のそばを通過する。


 レンガ造りの可愛い家ね。ほのぼのするわ~。


 家の前には畑があり、夏のなりもの野菜がたわわに実っていた。


 パースティナ国の繁華街って、どんな感じなのかしら。


 私はもっと外の景色が見たくて、帆を捲り落ちてこないように骨組みにくくりつける。 

 すると、心地良い風がキャビンを吹き抜けた。


「わーい! パースティナ国だ」

「お父さん、お母さん、帰って来たよ!」

「「ただいまーーー!」」


 クレアたちが私のそばに来て、身を乗り出すように流れる景色を見ながら喜びも露わにはしゃぎ出す。 


「危ないよ。嬉しいのはわかるけど、静かにね」

「は~い」


 ロイがいさめると、子どもたちは素直に返事をする。けれど、頭を引っ込め帆を下ろしている側に戻り座るものの、高揚する気持ちは抑えられないようで、「家に帰ったら何する?」といったやり取りで賑やかだ。


「ねえロイ、あれはなんの畑?」


 田舎道を挟むように、畑が広がっていた。収穫間近のようで、色が変わっている。


 まさかまさか……あれって!


 細長い十センチくらいのさやが、茎にたくさんぶら下がっていた。しかも、さやの色は褐色で。


小豆あずきですよ。芋と一緒に煮て食べたりしています」


 小豆──今、小豆と言ったわ……


「み、見つけた!」


 ついに、ついに私のあんパンが蘇るのね。


「レティシア、奇声を上げるのはやめてくれ」


 感動に打ち震えていると、クリストフが奇妙な生物でも見るかのような視線を送ってくる。


「奇声だなんて失礼な。ちょっと興奮しただけです」

 ツンとそっぽを向くと、クリストフがクスクスと笑う。


 揶揄ったのね、たちの悪い人だわ。


「それで? 何を見つけたのだ」

「意地悪な人には教えてあげません」


 私が頬を膨らませると、「お二人は仲がいいのですね」とロイにまで揶揄われる。


「ちっとも良くありません!」 

「あ、あの、怒らせるつもりでは……あ、も、もうすぐ中心街ですよ」


 ヘソを曲げかけたけど、慌てるロイがおかしくて、まあいいかと思える。


「怒ってないわよ」


 ロイを安心させてから顔を覗かせると、民家が密集している区間が十数メートル先に見えた。


 屋台とかあったりするのかしら。ぜひ名物を食べてみたいわ!


 にぎわいを期待した私だったのだけど……


 重苦しい──石畳の道に入った途端にそう感じた。

 景色云々ではない。空気が沈痛なのだ。それに──


「町に人の姿がないわ……」


 店も開いておらず、大通りが閑散としている。そんな中、王城へと続く街道を走る幌馬車ほろばしゃは、やけに浮いて見えた。


「あ、あれは──」


 ロイが息を呑む。どうしたのかと問うと、ロイは立ち上がりふらふらと私の隣に来てあるものを指差した。それは中央広場のような場所に立つ、一本の長い棒。そのてっぺんには黒い一メートルくらいの幅の布がはためいていた。


 何かしら……国旗にしては地味よね。


 模様も何もない、黒一色だ。


「ロイ、あの旗のようなものは何?」

「──国を挙げて……喪に服するときに掲げられるものです」

 ロイの声は震えていた。


 国を挙げて──かなりの地位のある人が亡くなったということ?

 

「まさか……父上の身に何かあったのでは──」

 ロイは顔面蒼白だ。動揺から、視線が右往左往している。


「ロイ、座ろう。立っていると危ない。それに、子どもたちが不安そうだ」

 クリストフがロイを気遣い、肩に手を置き寄り添う。

 

 ロイは頷き腰を下ろしたものの、表情は冴えないままだ。クレアたちも空気を察したのか、先ほどまでの笑顔を引っ込め、膝を抱え静かに座っている。


「城の門が見えて来たぞ。門番にはなんと言えばいい?」


 二本立つ柱の前には、先がおののような形のハルバードを持った兵士が立っていた。


「僕が対応します」

 ロイがキャビンを降りる準備を始める。


「止まれ。何用であろうと、今は誰とも陛下が会われることはない」


 速度を落とし、ゆっくり門に近づいていくと、進み出て来た門番に制止させられる。


 陛下ということは、亡くなったのはロイのお父様ではないのね。


 とはいえ、ほっとはできない。国王様ではないなら、誰が亡くなったのか。

 制止を求めた門番の声は沈んでいて、覇気が感じられないことからも、亡くなったのは影響力のある人のはずで。


 ロイのお母様でなければいいのだけれど。


「それはどういうこ──」

「父ちゃん!」


 ロイの声に被せるように、あの大人しいナドウが大きな声を出す。


 え、父ちゃんって、門番の人が?


「そ、その声は……ナドウか? ナドウなのか⁉」

「父ちゃん、父ちゃん……ぼくだよ!」


 ロイより先にキャビンから飛び降りたナドウが、勢いよく父親に飛びつく。


「あぁ……ナドウ──夢じゃないんだな。ナドウが、ナドウが戻って来た──」

 ナドウを抱き上げ、声を震わせている。


 親子の感動の再会。他の子どもたちも、早く親の元へ帰してあげなければ。

 その思いはロイも同じだったようで、クレアたちに顔を出すよう手招きする。

 

「トレバー、気持ちはわかるが、門を通してくれないか」

 歩み寄りながら、ロイが語りかける。


「で……殿下! それに子どもたちも──ご無事で……ご無事で本当によかった──。おい、何をぼさっとしている。早く陛下にお伝えしろ。それから、黒旗を降ろすんだ」


 ロイとさらわれた子どもたちを目にした途端、ナドウのお父さんは目を見開く。そして次第に顔が歪み、涙を浮かべた。しかしすぐに門番の顔に戻り、もう一人の門番に指示を出す。


「は、はい! すぐに。──奇跡だー、神の救いだ! ひゃっほー、殿下がお戻りになったぞーーー」


 歳若そうな門番は、手に持っていたハルバードを投げ出し城内へと走り出す。喜びを抑えられなかったのか、ぴょんぴょんと跳ねながら歓喜の叫びまであげている。


「あれ、黒旗を降ろすってことは……」

「どうやら……僕は死んだことになっていたようですね」


 私の呟きが聞こえたようで、ロイは沈んだ声で答えた。するとトレバーが、間髪入れず「誤解なきように」と語り出す。


 彼によると、ロイたちが姿を消したことがわかったとき、手口の巧妙さからすぐに巷を騒がせている盗賊団が犯人だろうと目星がついたという。


 しかも盗賊団の非道さは有名で、被害に遭った国から、攫われて無事に帰って来た者はいないと伝え聞いていたそうだ。そのことに、王妃であるロイの母親は、絶望感で心を病み、とこに伏せってしまったという。


 見つけ出す手段がない中、どれほどの悲しみに耐えていたのか。


「陛下は断腸の思いで、ロイ殿下は不慮の事故で亡くなったと葬儀を執り行ったのです」


 それが王妃にとって、立ち直る最善だと判断した。

 さぞや辛い決断だっただろう。


「陛下は攫われた子も皆、殿下と同様にとむらいの儀をしてくださいました。お陰で私をはじめ、他の皆も前へ進まなくてはという気持ちになれたのです」


 自分たちの心を救ってくれた陛下に、感謝しているとトレバーは言う。


 どこかできっと、生きていてくれる。そう希望を持って帰りを待ち続けることもできただろう。しかし、攫ったのが盗賊団とあっては、辛い思いをしているに違いない。命を奪われてやしないか。そう考えてしまうのは、避けようのないことで。


 そんな日々、私だったら気が変になってしまうわ。


 あのとき外に出さなければよかった。一緒にいてやれば、攫われることはなかったのに。残された家族が抱く後悔の念は、消えることはないだろうから。


 それらを少しでも軽くしてやれたら。それが国王として、民にしてやれる真心だと考えたのかもしれない。


「僕の父上は、国王として成すべきことをした。誇りに思うよ」


 少ししんみりとした空気が流れる中、「ロイ! ロイはどこだ!」と叫ぶような声と共に、慌ただしい靴音が近づいて来る。


「ち、父上……」

 声に反応したロイが城内へ顔を向ける。父親の姿を目にした途端、ロイの頬を涙が伝った。


「よく……よく帰って来てくれた──。ロイ、もっと顔を見せておくれ」

 

 ひしと抱き合う親子の姿を、私たちはキャビンから静かに見守るのだった。

 

 

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