第49話 なんてことを言うのよ、クリストフ!

 パースティナ国の王都に向かう道中、草原のところどころに小麦が生えているのを発見した。人の手で植えられたものではないため、それはまばらで量も多くはなかったが。


 手入れをして栽培すれば、きっといい小麦が穫れるはずだわ!


 なんとしてもパースティナ国の国王様と、話しをさせていただきたい。小麦の用途を知れば、きっと本腰を入れて栽培に乗り出してくれると思うから。


 ふ、ふ、ふ、そしてそれを、メフィラーナ国に輸入できたら──


 ラーミス国と取引せずにすむのよーー!


 私は自身のひらめきにほくほく顔だったのだけど……寝入ってしまった子どもたちを見つめるロイは、浮かない顔をしていた。


「ロイ、どうかした? 心配事でもあるの」

「え……いいえ、心配事というより、無知な自分が恥ずかしくて」


 知らなかったとはいえ、民の生きるかてを無駄にしてしまっていたことに、ロイは罪悪感を抱いているようだった。


「仕方ないわよ。我が国だって、ラーミス国から小麦粉のことを伝えられなかったら知らなかったもの」

「それなんです。どうしてラデス国王は、小麦のことを僕たちには教えてくれなかったのでしょう」


 裏切られた、そんな怒りではなく、ロイは悲しそうな表情をしていた。


「親交があったの?」

「深いとまではいかないですが、それなりに。城に招かれたこともありましたから」


 ロイの話では、国同士、不仲だったわけではないという。ただ、ロイが生まれたころ辺りから、ラーミス国のほうが一方的に、権力を見せつけるようになったとか。


「権力……だとしたら多分、利益を損ないたくなかったのではないかしら」


 お金は人を変えるというから、欲に目が眩んだってことなのだと思う。


 パースティナ国も小麦粉を輸出するようになれば、ラーミス国の利益が減る。だから小麦粉の用途も教えたくなかった。そんなところだろう。加えて小国のパースティナ国と大国の交流が増すことも、気に入らなかったのかもしれない。


 いずれにしても、自国さえよければいいという考えは、戦を生む危険な思考だと思う。


「そんな……僕たちのような小国は、それでなくとも国交がままならないというのに」 

「そのことなんだけど、国王様とお話できる機会を作ってもらえないかしら」


 先ほど考えていたことを伝えたい。しかしこの計画は、慎重に行わなければならない。なぜなら、急に私たちがラーミス国との取引をやめれば、その原因を探るだろう。それがパースティナ国のせいだとわかれば、裏で何をしてくるか。ロイたちが被害をこうむるようなことがあってはならない。


「もちろん場は設けるつもりです。僕たちがこうして無事に国へ帰れるのは、レティシアさんたちのお陰ですから」

「ありがとう。私もロイたちがいてくれたお陰で、牢屋に入れられていても心強かったわ」


 お互いが助けになった、だから恩を受けたと畏まらないでほしいと伝える。それに──


「子どもたちを助けたいと願うロイの心が、魔法の力を覚醒させたんだから、クレアたちを助けたのは、ロイだと思うわ」

「レティシアさん……あなたはとても、素敵な女性ですね」


 目を潤ませながらも、ロイは私を見つめてふわりと微笑む。


「ロイ、だまされるな。レティシアは、我が国ではで名が通っている」


 な、ななな……なんてことを言うのよクリストフ! わざわざ私の評価を下げる必要あった?


 私がじっとりとした目で睨むと、クリストフは人の悪い笑みを浮かべるものの、不機嫌そうに見えた。


 もー、なんでクリストフがキャビンにいるわけ。早く御者台に戻りなさいよ!


 現在御者台にいるのは、お兄様とエセルだ。すっかり二人の世界を作っているようで、御者台はピンク色に包まれているのではないかと思う。


 だって、時折エセルの可愛らしい笑い声が聞こえて来るんだもの。


 言葉にしなくても、幸せだと伝わってくる。だから邪魔したくない気持ちもわかる。わかるのだが……


 お兄様とエセルには気を利かせるくせに、私には酷いっておかしくない⁉ やっぱり私は、クリストフが苦手だわ。


「──性悪ですか? こんな素敵な人に、誰がそのようなことを」


 少しの間、ロイは呆然としていた。とても信じられないと。


「嘘ではないぞ。大体、私が嘘をつく理由もない」


 そうだけど!

 

 確かに私は性悪だった。たくさんの人を傷つけたし、おとしめてきた。でもね、今は違うのよ。汚名返上するために、善行に努めているんだから。


「ロイ、私ね……性悪だったのは本当よ。だけど、改心したの。これからは、意地の悪いことをした以上に、喜ばれることをしていきたいと思っているのよ」


 信じて──その思いを込めて、ロイを真っ直ぐに見つめる。


「僕は……今のレティシアさんしか知りませんから、それがすべてです」


 ロイ──素晴らしいわ。なんて人格者なの! 

 それに比べて──


 器の小さい男ね、そんな視線をクリストフに送ったのだけれど。


 え、何? どうしてそんな顔をしているの……さっきまで、機嫌が悪そうだったのに。


 クリストフは目を眇めていて、眩しいものを見るように私を見ていた。


 もしかして、私が改心したことを、喜んでくれているの? どうしよう、なんだか胸の辺りが変──苦しいような、切ないような。


「王都が見えて来たぞ」

 自分の感情に戸惑っていると、お兄様が声をかけてきた。


「帰って来た……帰って──」


 声に反応したロイは、立ち上がり御者台に近づく。そして王都を目にし、感慨深げにぽつりと呟いた。


 ずっと小さな子どもたちを守っていたのだ。肩の荷が下りて、重責から解放された心地なのかもしれない。


 お疲れ様、ロイ。

 今日はゆっくり休んで、たくさんご両親に甘えられるといいわね。


 ロイの後ろ姿は年相応の少年のものに、私には見えた。



 

 

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