第48話 ざ、雑草ですってーーー!

 馬車で移動すること四日。

 私たちは何事もなく国境を超え、ラーミス国の先にあるパースティナ国に入国した。


「王都まで、あと数時間です」

「そうか、頃合いを見て、一度休憩しよう」


 ロイとクリストフの間で、会話が交わされている。


 二人は共に王子ということで話しが合うらしく、この四日間で随分と親しくなっていた。ロイはまつりごとに関してや、魔法についての教示をクリストフから得ているようで、ロイのクリストフを見る目には、尊敬の念が溢れている。


 王子として国民を幸せにしたいって、張り切っていたものね、ロイは。それに比べてラーミス国の民は、表情が暗かったわね。


 貧富の差に、ロイも驚いていた。

 メフィラーナ国から、かなり利益を得ているはずなのにどうしてだろう。


 行くつもりはなかったラーミス国。けれどパースティナ国に行くには、ラーミス国を横断したほうが近道で。


「ちょっとガタつくぞ」


 御者を務めるお兄様の言葉どおり、馬車の揺れが大きくなる。帆を捲り外を見ると、道を外れて草原を走っていた。


「小川もあるし、ここで休憩しよう」

「わーい! お魚いるかなぁ」


 馬車が止まると、子どもたちがキャビンを飛び出していく。


「子どもって元気よね。お尻は平気なのかしら」


 未だに長時間の馬車には慣れず、身体の節々が痛む。けれど初日のように立てなくなるようなことはなく、クリストフのお世話にならずに済んでいる。


 というのも、適度に足を伸ばしたり、ときには寝転がったりと、自分なりに工夫を覚えたからで。


 レディーがはしたない、なんて言っている場合じゃないものね。


「う~ん、青い空にカラッとした澄んだ空気、気持ちいいわ」


 私もキャビンを降り、両手を突き上げ背伸びをする。そして大きく息を吐いた。


 見渡す限りの草原、小川で水を飲む馬、そして元気に走り回る子どもたち。


 はぁ~、なんてのどかなのかしら。


 そんな景色を楽しんでいた私だったのだけど、あるものが目に留まる。


「あれは何かしら。あそこだけ背の高い草が生えてる」

 小川を超えた向こうに、それはあった。


 ちょっと見てこようかな。


 好奇心から、私はスカートを少し持ち上げ、小川に向かって駆け出す。川幅は一メートルもなさそうだから、余裕で飛び越えられるはずだ。


 勢いをつけて、せーの!


「レ、レティシア様! 危ないです、どこへ──」


 ジャンプする私を見たエセルが仰天している。その声に、草の上で寝転んでいたクリストフとお兄様が飛び起きた。


「「何事だ!」」

「レティシア様が、あんなところへ」

「あぁ……まったく、いつからあんなおてんばになったんだ」

「ジェイク様、そんな呑気なことを言っている場合ではありませんよ」

「エセル、他人行儀はやめてくれと言っただろう。俺のことは、ジェイクでいい」


 お兄様ったら、私が勢い余って転んでいるというのにイチャつくなんて。あとで脇腹に、パンチでもして差し上げようかしら。


 身を起こしながら、右手を拳にしてプルプルさせていると……


「立てるか」

「え──?」


 いつの間にか、クリストフがそばに立っていた。


「だ、大丈夫です」

 伸ばされた手に掴まり、私は慌てて立ち上がる。


「で、何がしたかったのだ? まさか……ただ飛び越えてみたかっただけ、などと言うんじゃないだろうな」


 クリストフは半ば呆れ顔だ。


「ち、違います。あの植物が気になっただけで」

 視線を向けると、クリストフも目をやる。


「あれを見たら気が済むのか? 変わっているな、花が咲いているわけでもないのに。まあ、行ってみるか」


 クリストフもついてくるようだ。


 責任感──


 小川を飛び越えてこちらに来た以上、また飛び越えて戻るわけだから、自分だけ先に戻るようなことはしないということだろう。


「付き合わせてしまって、すみません」

「念のためだ。さすがに迷子にはならないだろうがな」


 すっかりネタにされている。けれど、攫われた前科があるだけに言い返せない。


「いいえ、目を離さないでくださいね。旅の間は、あなたは私のお守り役ですから」

「ふ、開き直ったな」


 クリストフとこんな会話ができる日が来るなんて、とても感慨深い。それはクリストフも同じのようで、穏やかな顔をしていた。


「これって、もしかして──」


 小川から十メートルくらい歩いただろうか。目的の場所に辿り着き目にしたものに、私は瞠目する。


 それは私の膝の位置くらいの背丈のかんに、笹の葉を細くしたような葉がついていた。先端には穂があり、ネコのヒゲのようなぼうに覆われている。


「どうかしたのか、レティシア」

「多分ですけど、これは小麦ではないかと」

「小麦──?」


 だけどロイたちは、クッキーをはじめて食べたと言っていた。


 もしかして、用途が違うのかしら。


 考えてみれば、ここはラーミス国の隣国だ。気候が同じならば、小麦もよく育つはずで。


「ロイ! ちょっとこっちに来てくれる?」


 小川の水で顔を洗っているロイに呼びかけると、袖口で顔を拭い、ひょいと身軽に小川を飛び越え駆け寄って来る。


「なんでしょう、レティシアさん」

「この穀物、パースティナ国ではどうやって食べているの?」

「え……雑草なんて、食べませんけど」


 ロイは困惑顔だ。それよりも、私には聞き捨てならない言葉があった。


 ざ、雑草ですってーーー!

 

「これは雑草なんかじゃないわ。クッキーは、この穀物を粉にしたものを使って作るのよ」


 そう告げると、ロイは目を見開き愕然となる。


「し、知らなかったです。以前父上がラーミス国を訪問した際、これと同じものを見かけて尋ねたことがあったそうなのですが、ラデス国王は役に立たない雑草だと言っておられたと──」


 放置すると土地が痩せてしまうから困っている。だから刈り取ったら燃やすのだと、説明を受けたという。


 なんてことなの! ますます許せないわ。市場を独占するために嘘を教えるなんて、どれだけ腹黒いの。


 ラデスというのが、業突く張りの国王の名前。

 覚えたわよ。必ず、必ずひと泡吹かせてやる。


 私は静かに闘志を燃やすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る