第43話 もう悪役令嬢じゃないのよーーー
私は追い詰められていた。
目の前には、下卑た笑みを浮かべて私を見下ろしている男がいる。背中は壁にピタリと触れていて、もう後退ることもできない。
どれほど同じことを繰り返しさせられたことか。
ゆるゆると追いかけ回され、足がもつれては床に倒れ込む。すると男は立ち止まり、決まってこう言う。「もうへばったのか? ものたりねぇな」と。
私は歯を食いしばり立ち上がり、また逃げ回る。そして男に、だらりだらりと追われて。
「わ、私はこう見えて、公爵令嬢なのよ」
最後の足掻きとして、噛みつく牙の代わりに、身分を告げてみる。
「はん、それがどうした。くだらねえな」
鼻で笑われてしまう。
もし、ここがメフィラーナ国だったら。
『公爵令嬢の私に刃向かうつもり』
なんて言葉が通用するのに。
性悪だったころの私が言いそうな台詞。でもそれが通用するのは、身分を重んじる者の間でのみ。賊のような輩には、なんの抑止力にもならないことを私は思い知った。
あんなに悪いことをしたのに、国外追放もされなかったなんて、身分に随分と守られていたのね、私は。お父様、お母様、お兄様──いままでありがとう。公爵家に生まれたお陰で、性悪でもここまで大きくなれました。
でもね、最後にこれだけは言わせて。
もう悪役令嬢じゃないのよーーー!
これからは迷惑かけた分、いや、それ以上の親孝行をするつもりでいたのに、このままではさらに悲しませることになってしまう。
こんな目に遭っているのは、今までしでかした数々の悪行の報いかもしれないけど、他のことで償うから、こんなヒゲもじゃオヤジの手籠めにされるのだけは勘弁してーーー。
はっ、まさか……エロ男爵に嫁がされて破滅──の代わりのイベントだったりして……なんて脳天気なことを考えている場合じゃなくて!
「もう余興は終わりだ。十分、楽しませてもらったからな。その恐怖に歪んだ顔……うひひひぃ、来い──」
毛深い腕が、私の髪を掴もうと伸ばされる。それをただ、私は呼吸を乱し見ていることしかできずにいた。
と、そのとき──
「えっ⁉」
「な、なんだ!」
突然「ズドン!」という大きな音がした。そして床が揺れ出したかと思うと、今度はバチバチと何かがぶつかる音が絶え間なく続いた。まるで自分が、マラカスの中にいるみたいだ。
「お、お頭! 襲撃なんじゃあ──」
血相を変えた子分が、部屋に飛び込んできた。私をちらりと見たものの、今はそれどころではないようで、お頭の指示を待っている。
「ちっ、なんでここがバレタ──クソ、間の悪りぃ。おい、女を牢屋に戻しておけ」
肩を怒らせ部屋を出ていく姿を目にし、私は気が抜けて壁伝いにズルズルと座り込んでしまった。
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