第41話 負けるもんですか!
「おい女、出ろ。お頭がお呼びだ」
私を連れに来たのは、用心深そうなダミ声のほうの男だった。
お尻が痛くなったことなど、自虐ネタで和んでいたというのに、一気に空気が張り詰めたものへと変わってしまった。
「グズグズするな。痛い目に遭いてぇのか!」
身を竦ませ動かずにいると、片足で格子をガツンと蹴りドスの利いた声で怒鳴られる。その声に子どもたちの肩がびくりと跳ね、牢屋の片隅に引っ込んでしまった。
せっかく笑顔が戻ったのに……
私がここにいると、子どもたちを怖がらせてしまうわね。
「行きますから、大きな声を出さないでください」
速やかに立ち上がると、ロイに「行ってはダメだ!」と手を握られる。
「このクソガキが! 余計なことをするんじゃねえ」
苛立った男が牢屋の中に入って来て、ロイのお腹を力任せに蹴飛ばした。
「ぐわっ──」
「キャー! ロイ!」
壁まで飛ばされたロイは、背中を打ち付けぐったりする。その様子に、クレアたちが泣き出してしまう。
「うるせえぞ、ガキども! おめぇらも同じ目に遭いてぇのか」
危険だ。この男には慈悲なんてものはない。子どもだろうと女だろうと、関係なく手を上げる残忍さを感じた。
「止めて! お願いですから、子どもたちに酷いことはしないでください」
子どもたちに近寄ろうとする男の前に回り込み懇願する。
「それよりも、お頭様のところへ早く行きませんか」
これ以上、不興を買わないようにしなければと、私は従順を装う。
「ふん、はじめから素直にそういやぁいいんだよ。手間かけさせやがって。ついてこい、下手な真似はするんじゃねえぞ」
逃げようと抗えば、容赦はしない。皆まで言われなくとも、吊り上がった目つきの悪い男に睨まれただけで、そのことを理解できた。
「はい……わかりました」
頷くと、私を拘束することもなく男が牢屋から出る。私も大人しくそれに続く。
「レ、レティ……シア──」
呻くようなロイの声が、耳に届く。
「私は大丈夫。皆も希望を捨てないでね!」
ありったけの笑顔を見せ、私はその場から離れた。
∞∞∞
ドアの前に立つ私の足は、恐怖で震えていた。これから自分の身に起こることを思うと、平静でいろというほうが無理というもの。
だって、こんなイベントは乙女ゲームにはなかったのよーーー。
結末を知らないことへの不安──
とはいえ、それは当然だ。もう自分はプレイヤーではなく、今この時、現実を生きているのだから。
「お頭、女を連れて参りやした」
子分がドアを開けると、「おせえぞ!」と怒号が飛ぶ。
「す、すいやせん、お頭」
ぺこぺこと頭を下げながら、子分の男が私の背中を突き飛ばすように押した。そして去り際、「ちっ、てめえのせいで、叱りを受けちまったじゃねえか」と呟く声が聞こえた。
この男でも恐れるお頭って……どれだけ残虐非道なのか。
私は息を呑み、閉ざされたドアに背をもたれ動くことができない。
「なんだ、無理矢理ベッドに連れ込まれてえのか」
にやりと
「こ、来ないで!」
私は震える足を叱咤し、部屋の中を右往左往しながら逃げ回る。手に触れるものがあれば倒し、グラスは投げつけもした。そのささやかな抵抗も、お頭にとっては遊びのようなもので。
「こりゃあいい、じゃじゃ馬をひぃひぃ言わせるのも興が乗るってもんだ」
愉快げでありながら凶暴さをはらんだ笑みに、膝はガクガクと震え私は立っていられず床にへたり込んでしまう。
「もう
ゆっくりと近づいて来られ、私はお尻をズルズルと後ろにずらしていく。
がしかし──
「っ──!」
男が腰に下げた小刀を抜いた。それを私に見せつけるように、空中に投げ上げ回転させる。
そして──
「シュッ」と空気を裂くように、小刀が私に向かって飛んでくる。息を詰めた瞬間、それは床にスカートを縫い止めるように突き刺さった。
これを使って、もっと抵抗してみせろってこと──?
男に目をやると、腕を組み、片頬を上げ私を見下ろしていた。
根性を見せるのよ、このままパンを作れなくなってもいいの?
それに、きっとクリストフが来てくれる。だから少しでも、時間稼ぎをしなければ。
ん──、な、なんで抜けないのよ。
小刀を床から抜き取ろうとするも、うまく手に力が入らない。
座ったままだから?
私があたふたしている間に、男はわざとゆっくり距離を詰めてくる。焦れば焦るほど、手から余計に力が逃げていく。
ま、負けるもんですか!
こんな私も楽しんでいるのだと思うと、悔しさが込み上げてくる。もうこうなったら、ただただ逃げ回るしかない。そもそも私には、武器を振り回すなんて似合わないのだから。
渾身の力で立ち上がると同時に、スカートが裂ける派手な音がする。
「ほほう、そそる足だ」
右足の太ももが、剥き出しになってしまった。
こ、こんなの、ミニスカートだと思えばなんてことないわ。
でも……野蛮人には見られたくない。
早く、早く来て、クリストフ──
私は服の上から、ペンダントを握りしめた。
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