第40話 私がしっかりしないと

「異国の地へ、奴隷として売られることになるでしょう」


 淡々とした少年の返答に、他の子どもたちが泣き出してしまった。「おうちに帰りたい」「お父さん、お母さん、助けに来てよ」と。


「うわーん、ロイ様。怖いよ。うう……」


 一番小さな女の子が、ロイと呼ばれた少年に駆け寄りすがりつく。


 ロイって……この子、貴族なのかしら。


 着ているものは、素朴な平民の服だが。


「泣くな、クレア。きっと神は、見捨てはしないよ」


 ロイはクレアという女の子を抱き上げる。自分も不安だろうに、気丈に振る舞う姿は、私にを入れているように思えて。


 私がしっかりしないと。だってこの中で、最年長なんだから!


「ねえ、あなた一人だけ雰囲気が違うけど、もしかして貴族? ちなみに私は、レティシア・カーライル。これでも公爵令嬢なのよ」


 澄まして言うと、ロイが呆けた顔をした。まったく信じていないようだ。


「嘘ではないわよ。お忍びで旅をしているから、こんな格好なだけで」

「そ、そうですか。僕は、パースティナ国の第一王子、ロイ・フルニエといいます」


 お、王子様! どおりで品があって、大人びてるはずだわ。


「そんな身分の方が、どうして攫われたりしたんですか?」

「僕の国では、王子は十歳を迎えると、半年間ほど平民の暮らしを経験するというしきたりがあるのです」


 その理由は、国民に寄り添った王室であるためだという。


 変わったしきたりね。ホームステイって感じかしら。でも、素晴らしい思想だと思うわ。


 そしてロイがクレアの家で生活するようになって三ヶ月が経ったある日、町に盗賊が現れたという。金品狙いではなく、最初から子ども狙いだったそうだ。


「奴らは周囲に気づかれないよう、人攫いをやってのける。だから、僕らがいなくなったことを大人たちが知ったのは、夕刻辺りではないかと思います」


 ゆえに自分たちの行方を辿たどることはできないだろうと、ロイは肩を落とす。


 私のときと同じだ。なんて奴らなの。そんな知恵があるなら、もっといいことに使いなさいよ!


「ここに連れて来られてどれくらい経つの?」

「正確にはわからないのですが、三日は経っているのではないかと」


 三日もこんな暗闇に──


「ご飯は食べさせてくれてる?」

「水と茹でた芋くらいです」


 可哀想に。あぁ……私がパンを焼いてあげられたらいいのに。


「あ、クッキー!」

「っ──⁉」


 私が大きな声を出したからか、 隅のほうで身を寄せ合い、小さくなっている子どもたちの肩が一斉にびくりと跳ねる。


「ごめんなさいね、驚かせて。私、いいものを持っていたことを思い出したの」


 幸いにも、ポーチは取り上げられていない。


「ねえ、こっちに来ない? 一緒にクッキーを食べましょう」


 子どもたちに声をかけ、それから私は床に座り、ポーチの中からクッキーの入った巾着袋を取り出す。


「みんな、おいで。この人は酷いことなどしないから、大丈夫だよ」


 ここに来てから、大人に酷い扱いを受けたのだろう。萎縮して動こうとしない子どもたちに、安心だと示すようにロイが声をかけてくれる。そして率先して私の隣に座った。するとそれを見た子どもたちがゆっくりと近づいて来る。


 六人か……一人二枚づつくらいあるといいんだけど。


「じゃあ、自己紹介も兼ねてということで。私はレティシア、十七歳よ。あなたは?」


 ロイの膝に座っている女の子に話しかける。


「わたしはクレア。五歳になったばかりなの」


 黄色がかった茶色の髪をおさげにした、可愛らしい女の子だ。


「クレアね、よろしく。はい、手を出して」


 クレアは小さな手を、恐る恐る差し出してくる。

 クッキーを一つ乗せてあげると、不思議そうに眺めている。


 もしかして、小麦粉を使ったお菓子の文化がない?


「次はあなたね。お名前は?」

「ぼ、ぼく……は、ナドウ。六歳だよ」


 チョコレート色の髪で、目がくりくりした大人しそうな子だ。


「ナドウね、よろしく」 

 私は一人ひとりと挨拶を交わしながら、クッキーを配っていく。


 えっと……クレアでしょう、ナドウにオレンジ頭の男の子がサウルで、それからおかっぱ頭の子がデイジー、栗色のポニーテールの子がマイナ、よし、覚えられた。


「最後はロイ殿下、どうぞ」


 赤みの強い茶色の髪に、菜の花色の目。王子と知ったからではないが、高貴さが醸し出ている気がした。


「殿下なんて……ロイでいいですよ。僕もあなたのことをレティシアさんと呼ばせてもらいますから」

「わかりました。ではロイ、あなたから食べてみて。そのほうが、子どもたちも安心して食べられると思うから」


「では、いただきます。──な、これは……サクサクしていて、とても美味しい。皆も食べてごらん」


 一つ頷き、ロイはクッキーを齧る。そしてあまりの美味しさに、目を見開いている。


「甘い……ロイ様、これ、すっごく甘くて美味しいです」

 一番早く口に入れたのはクレアだった。


「うわ~、本当だ。ぼく、こんな食べ物はじめて!」

 他の子どもたちも、興味津々に味わっている。


「気に入ってくれたのなら、よかったわ。はい、もう一つどうぞ」

 手に乗せてあげると、嬉しげな歓声が上がる。


「ありがとうございます、レティシアさん」


 沈んだ顔をしていた子どもたちに笑顔が戻り、ロイはほっとしたような顔で私にお礼の言葉をくれる。


「どういたしまして。これね、私が作ったのよ。ここを出られたら、今度はパンを作ってご馳走するからね」


 明るい先が見えるような会話をと思ったのだけれど。


「出られたら──そう……ですね」


 ロイの顔が翳る。もう、諦めているかのようだった。


「必ず助けが来るから大丈夫よ。私には、首輪がついているんだから!」


 胸を張る私に、ロイは「首輪……」とぽかんとしている。


「首輪というのはね、これのこと。ここにクリストフという人の魔力が込められていて、私の居場所がわかるようになっているのよ」


 蝶のペンダントを見せ、今ごろ私を探してくれているはずだから必ず助かる。そう力強く言い切ると、ロイの目に希望の光が戻って来たような気がした。


「その御仁ごじんは、魔法が使えるのですか? ということは、身分のある方ですね」

「ええ。彼は我が国の王子で、氷属性。私のお兄様は雷属性よ」

「それは頼もしい。ですが、盗賊のお頭も、どうしてなのか魔法が使えるらしいのです」


 子分たちが話しているのを耳にしたという。


「え、盗賊が魔法を?」

「はい。どこで力を手に入れたのか──」


 魔力は身分のある者に宿るもののはず。それがどうして……。まさかあのお頭は、元貴族?


 だとしても、悪党が魔法を使えるなんて変だわ。


 私は思い出したのだ。この世界、『フラッター・ラブアフェア』での魔法を使える者の条件を。それは、基本的に良心を持ち合わせている貴族で、神に選ばれし者が魔力持ち、というもので。


 そうなのよ、だから性悪だった私には、魔法が使えないというわけで。


 中身が優衣ゆいになったから、もしかしたら魔法が使えるのでは? なんて期待もしたけど、そんな都合のいい話しはなかった。


 ディアナは平民だけど、そこは乙女ゲーム。聖女だから身分なんて関係ないのだ。


「ロイは、何属性なの?」


 王子様なら、魔力持ちだろう。そう思い尋ねたのだが。


「残念ながら、僕は魔法が使えません」


 そう口にしたロイは、とても苦しげだった。


 私のバカ! ロイを傷つけてしまったじゃないの。


 魔法が使えたら、とっくにここから逃げている。そのことに考えが及ばなかった自分が腹立たしい。


 私はなんとかロイを笑顔にしたくて、旅の苦労話しを面白おかしく語るのだった。

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