第39話 アジト

「おかしら上玉じょうだまを見つけて参りやしたぜ」


 ダミ声のあと、目の前が明るくなる。目隠しを外されたようだ。


「ほう、どれどれ──」


 一人がけのソファで足を組み、酒を飲んでいた男が立ち上がり近づいてくる。


「こりゃあいい女だ。ひひじじいに高く売れるだろうよ」


 私のあごを掴み上向かせたのは、厳つい身体をしたひげ面の男だった。肌の色は浅黒く、右目には黒の眼帯をしている。


 にひひじじい──


 つい忘れがちだけど、私って超美人だったわー!


 私は自分が攫われたことに合点がいく。


 でもでも、別に自慢してるわけじゃないから!


「だが……その前に、わしが楽しませてもらうとしようか」

 にやりと笑む男に、私の顔が強張る。


 た、楽しむって、いわゆる……あれよね。


 ボードゲームの類いなはずがない。この手の輩が言う、女と楽しむとは……


 慰み者──経験などないけれど、想像はつく。


 嫌だ嫌だ、どうにかして逃げないと。でも、どうやって──


 泣きそうな私を、眼帯の男は舌なめずりしながら片頬を上げた。


「ひっひっひ、あとでたっぷり可愛がってやるからな。おい、ひとまず牢屋にぶちこんどけ」


 お頭の指示に、子分が「へい」と頭を下げる。


「こっちにこい」


 足の紐は解かれていて、私は自分の足で薄暗い廊下を奧へと向かって歩く。


 ここって、どこなのかしら。なんだか不気味だわ。


 普通の屋敷のようだが、窓一つないのだ。おまけに空気は湿っている。


「ほら、ここに入ってろ」

 ランプで照らされた先には、木でできた格子があった。


「キャー!」


 格子の向こうで何かが動いたように見え、思わず悲鳴を上げると、子分の男が愉快げにゲラゲラと笑う。


「子どもに驚くなんざあ、ひ弱だなあ。そんなことじゃ、お頭の相手をしたらどうなるか」


 にたにたといやらしい笑みを浮かべながら鍵を開け、入れと背中を押される。


 ひ弱じゃなくても驚くわよ。だって真っ暗なところに、人がいるなんて思わないでしょう!


 よく見ると、まだ十歳にも満たない子どもだった。さぞや暗闇で怖かっただろうに。


 現に少し身を屈めながら私が牢屋に足を踏み入れると、隅の方で身を寄せ合うように座っていた子どもたちが怯えたような目を向けてくる。


 はっ、マズイわ。この男がいなくなってしまったら、またこの子たちは暗闇の中。それに、あのランプがあればもしかして──


「あ、あの。お願いがあるのですが。私はこのとおり怖がりなので、そのランプを置いていっていただけないでしょうか」


 目を潤ませ、ありったけの色気を出して懇願してみる。


「ま、まあ……ランプくらいならいいだろう」

「ありがとうございます!」


 にこりと微笑めば、子分の顔がやに下がる。


 よかった~、単純な男のほうで。


 とはいえ、上機嫌でランプは置いていってくれたものの、それは格子の向こう。鍵もしっかりとかけられ、手の紐も解いてはくれなかった。


 単純なわりに、抜かりがないのね。火を使って格子を焼けば、逃げ出せると思ったんだけどな。


「こんばんは。誰かこの紐、解いてくれないかしら」


 優しく問いかけたつもりだったけど、子どもたちは怯えたような視線で私を見ている。


「あなたはどうしてここへ」


 子どもたちを守るように背で庇っていた少年が進み出て来る。


「旅の途中で寄ったライル町で攫われて、ここに連れて来られたの。あなたたちも、攫われたの?」

「そうです。お互い不運でしたね」


 そう言いながら、身体の前で縛られている手の紐を解いてくれた。


「ライル町というと、メフィラーナ国ですね。僕たちは、パースティナ国から攫われてきました」

「パースティナ国?」


 私が首を傾げると、少年はふっと苦笑する。


「メフィラーナ国からすれば小国ですからね。知らないのも無理はないです」


 少年の口調はやけに大人びていて、私なんかよりよほどしっかりしているような印象を受ける。


「え、バカにしたわけではないのよ。私が無知なだけだから! それに国の素晴らしさは、国土の広さではないと思うし」


 そう、大国であるラーミス国なんて、強欲で身勝手なんだから!


 まだ行ったことはないから、今のところ個人的な意見だが。


「そんなふうに言ってもらえるのは、嬉しいものですね」


 伏し目がちだった少年が顔を上げ、口元を綻ばせる。

 その様子から、小国ということで、周辺国から軽んじてこられたのかもしれないと思った。


「あの……ところで、攫われたあとはどうなるのか知ってる?」


 まだ年端もいかない子どもを攫って、あの盗賊たちは何をするつもりなのだろう。


「異国の地へ、奴隷どれいとして売られることになるでしょう」


 奴隷──


 私も奴隷として、売られるということ? 


 先ほどのお頭の物言いから、私は単に重労働をさせられるわけではないだろう。きっと、男を相手にするような奴隷……


 考えただけで背筋が凍りついてしまいそうだった。

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