第37話 私、さらわれたの!

 な、何? 地面が揺れて……

 

 身体に伝わってくる振動は、ここ数日で馴染みになりつつあるものだった。


 私、馬車に横たわっている気がするんだけど、なんで?

 

 頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。


 確か……楽しく屋台で夕食を済ませて、さあ帰ろうかというときに喧嘩けんか騒動が起こって、私は遠巻きに見ていたはずで。


 あれ、どうして……?


 身を起こそうとするも、身体が思うように動かない。おまけに目を開けているのに、何も見えない。夜とはいえ、今日は美しい月夜だった。うっすらだとしても、何かしら見えるはずだ。


 けれど、頬に肌触りの悪い何かが触れているのはわかるし、少し息苦しい。


 冷静になるのよ。ひとつ一つ、状況を把握しないと。


 不安もあれば、恐怖も感じている。けれど深呼吸を繰り返し、努めて気持ちを落ち着かせた。


 動かせない手足。これは……何かで縛られているようだ。何も見えないのは、頭に袋でも被せられているのかもしれない。


 それらを鑑みて、答えを導き出すと──


「私、さらわれたの!」

 自分の声が、くぐもって聞こえた。


「おい、何か声がしなかったか」

 探るような男のダミ声がした。


 し、しまった。私を攫った犯人の声なんじゃあ──


 迂闊うかつだった。不用意に声を出したことに、危機感が増す。


 まだ目を覚ましてはいけなかったとしたら、また気絶させられる?


 怖い──痛い思いはしたくない。

 私は息を殺し、寝たふりを決め込む。


けものじゃねえっすか。こいつはぴくりとも動いてねえし、まだ気を失ったままだと思いやすぜ」


 私を見ているのか、返事をする男は軽い口調で呑気な物言いだった。

 深読みするタイプではないことに、私は安堵する。


「ならいいが……」

「それより兄貴あにき、オレたちの手土産に、おかしらは褒美をくれやすかねえ?」

「そりゃあ間違いねえだろうぜ。そうそうお目にかかれねえ一級品だからな。俺たちゃあ運がいい。食料の調達に、たまたま立ち寄った町だったからな」


 軽い口調の男と、ダミ声の男の会話。どうやらこの馬車には、男が二人乗っているようだ。


 食料の調達ということは、私が横たわっているのは板張りの荷馬車ね。どおりで身体が痛いはずだわ。


「兄貴の言うとおりだ。オレたちゃあ運がいい。ハンスたちを先に帰す前で、計画も立てやすかったっすからね」


「ああ。こうもうまくいくとは思わなかったがな。あとはアジトにさえ入れば、見つかる心配もねえから万々歳ってやつだ」


 アジト……この男たちは、盗賊ってこと⁉


 そうなると、狙いはペンダント? 手土産だの、一級品だのと言っていたし。じゃあ、なんで私まで攫うのよ。もしかして、次いで……みたいな?


 それとも、身代金欲しさに、公爵令嬢と知っていて攫ったのだろうか。


 はぁー、いったいいつ目を付けられたのかしら。


 男はたまたま立ち寄ったと言っていた。ということは、昨日ペンダントを買ったとき? もしくは今日? でも今日だとしたらおかしい。ペンダントはずっと服の中だったし、唯一見ることができたとしたら、クリストフに見せたあの一瞬だけだ。


 あ……そういえば、あのときクリストフの様子、変だったわよね。


 市場でメロンを食べているとき、ふと険しい顔をしていたクリストフを思い出す。


 もしかして、盗賊に目を付けられたのってあのとき? でも、ペンダントを買ったのはそれより後だったし……


 まさかクリストフは、万が一に備えて、迷子対策だとか言って私にペンダントを身につけさせた?


 だとしたら、この男たちの狙いは、ペンダントではなく私──

 

 でも、なんで? 


 考えられるのは、珍しい髪色だから。とすると、 私を高く売り飛ばすつもりかもしれない。


 私、どうなってしまうの……


 ラーナイル領の中心街から、ラルイ町まで付け狙って来たのだとしたら、その執拗さに怖くなる。


 おまけに頭が回るようだし──


 この賊は周囲に気づかれることなく、人ひとりを攫ったのだ。その計画性は、秀でたものだろう。現に私のそばには、クリストフとお兄様がいたというのに、巧みに引き離し見事に攫ってのけたのだから。


 あの喧嘩騒ぎ──騒動に便乗したのではなく、私を攫うために仕組まれた罠だったのではないのか。


 この輩が、ちまたおびやかしている盗賊団だったとしたら、手慣れているのも頷ける。


 今はまだ、どれも私の推測でしかないが、一つだけ確かなことがある。それは、私が自力で逃げ出すことができないということ。非力なうえに、魔法も使えないのだから。


 ピンチだわ。これは最大級のピンチだわーーー。


 助けに来てくれるわよね、クリストフ。そのために、私に首輪をつけたのでしょう?


 信じて、待っているから。



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