第33話 いざ出発

「レティシア様、これを全部お持ちになるのですか?」


 ルーシーがテーブルの上に並ぶ、焼き上がったパンとクッキーを見ながら問うてくる。


「ええそうよ。と言いたいところだけど、このバスケットに入るだけでいいわ。残ったものは食べてね」


 もともとルーシーの家族の分もと思い、たくさん作ってあった。


 これらは出発予定の数時間前、まだ辺りは薄暗かったけれど寮を出て、ルーシーの家にお邪魔して作ったものだ。


 ラーミス国には、馬車で七日ほどかかるというから、車中での腹持たせにいいかとクッキーを多めに用意してみた。


 滞在は三日を予定していて、メフィラーナ国に帰って来るころには、貧民街周辺は様変わりしていることだろう。


「レティシア様、準備が整いました」

「では、待ち合わせ場所に向かいましょうか」


 私は蓋付きのバスケットを、ルーシーは着替えなどの入った鞄を手に玄関へ向かう。すると、ドアの前にドルフさんが立っていた。イアンたちはまだ寝ているようで、そこに姿はない。


「レティシア様。くれぐれもお気をつけて」

「ありがとう、ドルフさん。早い時間に押しかけて、起こしてしまってごめんなさい」

「そんなことはいいのです。レティシア様にはよくしていただいているのですから」


 足も治り、ドルフさんは大工としてバリバリと働いていた。一時は離れてしまった大工仲間も戻って来ていて、現場では威勢のいい声が飛び交っているのを私も度々耳にしていた。


「ドルフさん、ルーシー、私が留守の間『フロッシュ・スリール』をよろしくね」


「「はい、お任せください」」

 

 私のパン屋は、建物自体は完成していて、あとは内装を仕上げる段階に進んでいた。パンを並べる棚や、カフェスペースに置くテーブルなどをドルフさんにお願いしている。ルーシーには、カフェで必要な茶器などの調達を頼んであった。


「ふふ、さすが親子ね。息がぴったりだわ」

 私がそう言うと、二人が顔を見合わせ照れたような笑みを浮かべる。


「レティシア様、そろそろお出にならないと」

「そうね。ドルフさん、ちょっとだけルーシーの手を借りるわね」


 私が旅に出ている間、ルーシーは実家で過ごすことになっている。


「もちろんです。ルーシー、しっかりお見送りしてくるんだぞ」


 ドルフさんは大役を任命するかのように、ルーシーの肩に手を置く。


「ふふ、大袈裟ですよ、ドルフさん。では、行ってきますね!」


 しばしの別れを告げ、私たちは待ち合わせ場所へと歩き出す。


 いよいよラーミス国に乗り込む。なんて物騒なことは言わないけど、ちょっとした冒険気分ではあった。


 え、学園はどうするのかって? 

 それは……特例でお休みさせてもらったのだ。地位って、なんでもありみたい。


 半月以上の旅。その間、あの二人はずっと一緒なのよね。


 この旅を機に、お兄様とエセルの失われた時間が、少しでも取り戻せるといいなと思う。


 あ、幌馬車ほろばしゃが見えてきた。


「お待たせー! お兄様、エセル」

 逸る気持ちから、つい大きな声を出してしまう。

 

 おっと、いけない。外見とのギャップに気をつけるんだったわ。


 おしとやかを忘れてはいけない。そう肝に銘じる私であった。


 ∞∞∞

 

 さっきは邪魔をして、申し訳なかったな~。


 キャビンに乗り込んだ私は、ひっそりとにやけていた。


 顔を真っ赤にしていたエセル。御者台でお兄様と、イチャイチャタイムだったに違いない。


 旅の間、気をつけなくっちゃね!

 

 それにしても変ね。合図を出したのに、馬車が動かないなんて。


 エセルも私と一緒にキャビンに乗っている。もういつでも出発できるはずなのだが。


「お兄様、まだ出発しないんですか?」

「ああ、あと一人来るんだ」


 え、あと一人って誰? 私は他に誘った覚えはないんだけど。


 ルバインは開拓が大詰めで忙しいし、ライナスとルークはディアナの騎士ナイトだし、マーカスは……旅なんて好きそうじゃないし……誰? 本当に誰?


「お、来た来た。遅いぞ、


 な、なんですってーーー! よりにもよって、私の苦手なクリストフだなんて──

 もしや私が国外でやらかさないよう、お目付役として動向するってことかしら。私って、そんなに危険人物なの? でも、声をかけたのはお兄様よね。


 でなければ、私が旅に出ることを知っているはずがない。


 これは嫌がらせ? 嫌がらせなのね、お兄様。昔の仕返しという……


「持たせたな、荷物は……後ろでいいな」


 キャビンに乗り込んでくるかと思い、私は身構えていたのだけど……クリストフは荷物だけ乗せ、お兄様と並んで御者台に座った。


「よし、全員揃ったところで、レティシア、合図を頼む」


 なんでよ! まあいいか、お兄様楽しそうだし。


「では仕切り直して。ラーミス国へ、いざ出発!」


 馬のいななきと共に幌馬車ほろばしゃが動き出す。


「レティシア様、お気をつけて! お帰りをお待ちしています」

「土産話を楽しみにしていてね~」


 心配顔のルーシーに、私は幌馬車の後ろの幕を捲り大手を振る。そんな私を、ルーシーは見えなくなるまでその場を離れず見送ってくれた。


 ラーミス国、どんな国なのかしら。


 幕から手を離し、クッションに落ち着いた私は、これからの旅に胸が躍る。


 実は私、メフィラーナ国から出たことがなかったりする。


 どんなことが待ち受けているのか、私たち四人の未知なる旅が始まった。


 *****

 作者より

 ここまで読み進めてくださりありがとうございます。(*^▽^*)

 楽しんで読んで頂けていると嬉しいです。

 少しでも面白いと思っていただけたなら、応援&☆を付けていただけますと幸いです。


 次回からは旅編をお届けする予定です。

 

 



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