第30話 単細胞のくせに

 女子寮に隣接して立つ男子寮。 


 討ち入りするかのような勢いで、男子寮へ乗り込んで来たまではよかったが──


 なんでライナスが立ち塞がっているのよ!


 その後ろには、お目当てのマーカスが弱り顔で立っている。


「ルバイン殿下、どうしてこうなっているのかしら」


 私はマーカスを呼んで来てほしいとお願いしたというのに。


「あぁ……それはな、たまたまマーカスの部屋にライナスがいてだな……」


 間の悪いことだ。ルバインも歯切れが悪く、額に手を当て首を左右に振っている。


 まあいいわ。こうなったら、ライナスはいないものとして話すまでよ。


「マーカス、ルバイン殿下から話しは聞いていると思うんだけど、苦しんでいる人たちのために、あなたの力を貸してほしいの」


 両手を胸の前で組み、私は懇願スタイルだ。


「ふん、うまいことを言って、楽をしようとしているだけだろう。聞いたぞ、雑木林を更地にするんだってな。自分たちでできることに、オレたちの特別な力を利用するな」


 またライナスは。あなたに話してないのよ、私は!


「マーカス、お願い。無駄に木を切り倒したくないの。あなたなら、他の場所に木々を傷つけずに移動させられるでしょう? あなたの魔法は、命を守り繋ぐことのできる素晴らしいものだわ。攻撃や破壊なんかに使うべきではないと、私は思っているの」


 そう投げかけると、マーカスは伏し目がちだった顔を上げる。その表情は、迷いが打ち消されたような、晴れやかなものだった。


 マーカスは植物の気持ちがわかるのだ。ゆえに、攻撃魔法として植物を操ることを嫌っていた。


「お前はオレたちのことをなんだと思っている。雑用係とでも思っているのか。オレたちには使命があるんだ。きたる国の危機を回避するという、重大な使命がな。だからこの力は、尊いものなんだぞ」


 そのために日々技を磨き、研鑽を重ねているのだと主張してくる。 


 ごもっともではあるけど、私の中で何かがプチンと切れた。


「とんだお笑いぐさだわ。確かに、危機に備えることは大事だけど、今、苦しんでいる人たちがいるのに、見て見ぬ振りをして救わないの? なんのための特別な力なのよ」


 技を磨くために、血の滲むような努力をしているのかもしれない。それでも私の口は言い足りず、言葉が止まらなかった。


「いつ来るとも知れないことのために、力を出し惜しみ? バカじゃないの。今、手を差し伸べ救えない人間が、どうやって国を救うというのかしらね。ふん、もう頼まないわ。行きましょう、ルバイン殿下」


 身を翻し、私が歩き出したときだった。


「待って、僕も行く。困っている人の助けになるなら、いくらでも力を使うよ」

「マーカス……ありがとう!」


 駆け寄って来たマーカスに、私は満面の笑みを浮かべ、嬉しさのあまり抱きつく。


「へ、ちょ、ちょっと──レティシア様……」

 マーカスの顔は真っ赤で、あたふたしている。


「レティシアでいいわよ。さあ、行きましょう」

 腕を解き、マーカスを促したときだった。


「おい!」

 ライナスの呼び止めるような一声に、出鼻をくじかれた気分になる。


「まだ何か?」

「いや、その……オレにも手伝えることはあるか」

「え? 今なんて……」

「レティシアの一喝で目が覚めたってことだ。オレは思い上がって、大事なことを見失っていたようだ」


 殊勝な態度のライナスに、心が高揚してくる。私の感情任せで暴言に近い言葉の何が心に刺さったのかはわからないけれど、協力者が増えるのは嬉しい。


「ありがとうございます。ちなにみ、あなたの属性は?」

「風属性だ」

「それは素晴らしいですわ」


 ドルフさんの手助けになりそうだ。


 強風に煽られ、高所から落ちたのだ。多少なりとも恐怖心が残っているかもしれないから、作業中に風をコントロールしてもらえるのはありがたい。


「ねえライナス、今度ディアナを誘ってくれる? あなたが誘えば、来てくれると思うのだけど」

「なぜディアナを?」


 先ほどまで打ち解けていたはずが、ディアナの名前を出した途端警戒される。さんざん嫌がらせしてきたのは私だから気持ちはわかるけど、さすが単細胞だ。


「怪我人が出るかもしれないからよ。心配しなくても、私はディアナに関わらないわ」


 以前クリストフから言われたことを持ち出すと、疑わしそうだったが納得してくれた。


「では早々に貧民街に向かおう。予定より出発が遅れているからな。俺とノーランは、先に早馬で行っているから、レティシアたちは馬車で来るといい」


 ルバインが指揮を執ると、皆が頷き寮から出たのだった。


 ∞∞∞

 

 正門から、一台の馬車が軽快に走り出す。

 私とマーカスは隣り合って座り、大柄なライナスは向かいの席に座っている。


「マーカス、これを見てくれる」


 馬車で向かう道中、私はこれからの工程を伝えるために、肩に下げたポーチから折りたたんだ白い紙を取り出す。


「これは何?」

「雑木林の開拓図よ。木を活かしつつ、更地の面積を四分割できたらと思っているの」


 マーカスがある程度、木を移動させる段取りを考えられるように、図面を見せて説明する。


「これをレティシアが? 信じられない。お前……本当にレティシアか?」


 向かいの席から図面を覗き込んできたライナスが、驚きの声を上げつつ疑いの眼差しで見てくる。


 単細胞のくせに、鋭いわね。ええ、おっしゃるとおりよ。今の私はレティシアではなくってよ。お~ほっほっほ!


「うるさいわよ、ライナス。今はマーカスと、大事な話をしているのだから邪魔しないでちょうだい」


 軽い調子で抗議すると、ライナスはひょいと肩を上げる。


「どう? マーカス。何か疑問点などはないかしら」 

 図面に見入っているマーカスに問いかける。


「えっと……ここは加工場? だったら、日影ができるように大木を移動させようか」

「そうね、いい案だわ」

「わかった。じゃあ、着いたら一度、雑木林を見て回るよ」

 

 木の種類を見て、配置の検討をするという。


 普段はおっとりしているマーカス。でも今日は、目が生き生きとしていて、やる気に満ちているような気がした。


 新緑のような髪色。この姿で木々に囲まれ立っていたら──


「森の妖精みたいね~」

 ついメルヘンな思考がよぎり、口から零れる。


「え?」

「な、なんでもないわ。これからの発展が楽しみね、マーカス! ライナスもよろしくね、期待しているわ」

 

 誤魔化すように早口で言う。


「ああ、任せておけ」

「僕も頑張るよ。あのとき、レティシアが言ってくれたこと、嬉しかったから」


 マーカスの頬にはうっすらと朱が走り、朗らかな笑みを浮かべていた。


 台詞をとってごめんね、ディアナ。


 


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