第20話 ちょっとクリストフ!

 そして翌朝。早々にその機会は訪れた。


 なんで今朝に限って勢揃いなのよ……


 校舎の入り口付近でディアナを待ち構えていた私は、こちらに向かって歩いてくる一行にため息が出る。


 ディアナの右隣にはライナス。左隣にはルーク。後方には、ルバインとノーラン。そしてヴィクトルとコンラッドが続いている。マーカスは控えめに、一行の一番後ろにいた。


 クリストフがいないのが、せめてもの救いかな。


 と思っていたら、今日は講義をする日らしく、遠目に歩いて来る姿が見えた。

 多分クリストフからは、通りすがりに冷たい視線を向けられるだろう。それはいつものことだから、気にしないことにする。


 いっちょ〜いきますか! 

 

「ディアナ、話しがあるのだけど」

 私はディアナ一行の前に仁王立ちし、行く手を阻む。


「彼女になんの用だ」

 ライナスがすかさず壁となって、私とディアナの間に割って入ってくる。


「どいてくださる。私はディアナと話しているのだけど。それとも、聖女様は一人では何もできないのかしら」

「レティシア──貴様というやつは──」

「ライナス様、私は大丈夫です」


 ライナスの言葉を遮り、ディアナが私の前に進み出てくる。


「なんの御用でしょう、レティシア様」

 ディアナは優しげな笑みを浮かべている。


 うっ、なんて爽やかなの! やっぱりいい子、可愛い!


「あなた、聖女なのよね。その割に、活躍を耳にしないのはどういうことなのかしら」

「それは、きたる国の危機に備えて──」

「あなたには聞いていないのだけど」


 口を挟んで来たルークを、私はぴしゃりと黙らせる。


「今は、治癒や回復といった能力を高める訓練をしています」


 治癒に回復! よかった、やっぱり聖女は万能でなくっちゃね。


「それは実際に、怪我人や病人を治しているということかしら」

「それは……はい、周りにそういった方がいらっしゃるときは」


 安全な学園内では、そうそう怪我人や病人は出ないようだ。精々擦り傷や、体力回復といったところか。


 以前私が負傷したときは、きっと誰もディアナに助けを求めに行かなかったのね。


 私が嫌がると思ったのか、性悪令嬢を助ける義理はないと拒否(周囲の人間が)されたのかはわからないけど。


「呆れた。その程度では、本当に聖女の力があるのかどうかなんて、推し量れませんわね」


 偽物の聖女ではないのかと、私はバカにしたように鼻を鳴らす。


「呆れるのはお前だ。言いがかりもはなはだしい」

 ライナスがいきり立つが、私は構わず続ける。


「あなたが本物かどうか、私が確かめて差し上げますわ。重傷人を招いておくから、明日、寮の私の部屋に来るように」

 腰に手を当て、居丈高に言う。


「ディアナ、従うことはない。重傷人なんて口から出任せだ。放っておけ」

「そうだよ、ディアナ。罠だ、いつもの意地悪に決まっている」

「でも、もし本当だったら……」


 ライナスとルークの言葉に、ディアナは迷いを見せる。


「あら、逃げるの。それとも、治癒できる自信がないのかしら? もし力が本物だったなら、今後一切、あなたに嫌がらせはしないと誓うつもりだったのに、残念だわ」


 私の言葉に、後方で成り行きを見ていたルバインとノーランの眉が跳ねる。どこかで聞き覚えのあるような台詞だったからだろう。


「行ってみたらどうだ、ディアナ。それで今後、レティシアからの嫌がらせがなくなるのだぞ? 行かない手はないと思うが」


 ルバインの助け船、グッジョブ!


「何を言い出すんだ、ルバインまで。この女がそんな約束、守るわけないだろう」

「心配なら、あなたも私の部屋に来ればいいわ」


 ライナスに誘いをかけてみる。ディアナとくっつけるには、いいシチュエーションだ。


「私も賛成しよう。そして証人として立ち合おう」


 思案するライナスの背中を押すような一声だった。しかしその一声を放ったのは──


 ちょっとクリストフ! なにしれーっと話しに加わっているのよ。


 私たちのいさかいなど、横目で素通りするかと思っていたのに計算外だ。


 とはいえ、少し離れたところで立ち止まっていたのは視界に入っていた。また何をやらかすつもりだと、見張っていたのかもしれない。


「クリストフ殿下がそうおっしゃるなら、異存はありません。ディアナもいいか?」

 ライナスの問いかけに、ディアナが頷く。


 いいわけない。いや、ディアナが来てくれるのはいいんだけど、クリストフが来るのはよくない。だって、クリストフルートが展開するかもしれないじゃない!


 焦る私をよそに、クリストフによって時間を午後二時に指定され、その場は解散となる。


 なんなのよ、勝手に仕切って。


 校舎に入りズカズカと歩いていると、メーベルとビアンカが前方に立っていた。


「おはようございます、レティシア様。堂々となさって、かっこよかったですわ。ねえ、ビアンカ」

「ええ、素敵でしたわよね、お姉様。ところで明日は、私たちも立ち合わせていただいても?」


 二人は興奮気味だ。しかし、どこから見ていたのか──


「それは遠慮して。クリストフ殿下までお見えになるのよ。あなたたちがいたら、私がディアナをいたぶる気満々だと判断されて、立場が悪くなってしまうじゃないの」


 二人に来られると困る私は、もっともらしいことを言ってみる。もともとディアナをどうこうする気はない。それどころか、最後は感謝すらするだろう。


「「それもそうですわね。国外追放なんてされたら、大変ですものね」」


 息のぴったり合うこと。さすが双子ね。でも、平然と国外追放だなんて言う?


 やっぱり、この二人の感覚はおかしい気がした。だって、私の悪名がとどろく度、嬉しそうなのだ。


 普通は止めない? 国外追放されてもおかしくないレベルの嫌がらせをしていたら。


 この日、私は少しずつ二人と距離を取っていこうと決めた。


 ∞∞∞


 夕刻を迎え寮に帰って来た私は、ルーシーに明日、ドルフさんをここに連れて来てほしいと頼んだ。


「それはどういう……」

「ここの壁に棚をつけてほしいの。ちゃんと報酬は払うから。ルーシーのお父さんの、大工としての腕を見込んでお願いしているのよ」


 情けで仕事を宛がわれた。そう思われるのは嫌だった。


「はい、そういうことでしたら。明日、迎えに行ってもいいでしょうか」

「ええ、馬車を使ってちょうだい。イアンとエイミーも連れて来て構わないわよ。昼食を一緒に食べながら、話しましょう」


 寮の料理人に特別手当を払えば、融通を利かせてくれる。


「明日は部屋の下見に来てほしいだけだから、手ぶらで来てもらってね」 


 ドルフさんの足が治ったら──


 ルーシー一家の未来は明るいはず。そして私のパン屋が開ける日も、必ず訪れる。


 胸が逸る。早く明日が来ないかな。

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