第17話 ルーシーの家

「へー、ここがルーシーの家なの。おしゃれね」


 こぢんまりした家だったが、木で作られた温かみのある佇まいをしていた。周囲の家は灰色がかった石壁の家だったから、余計にそう感じるのかもしれない。


「そう言っていただけると、嬉しいです」

 ルーシーははにかみながらも、どこか誇らしげな顔だ。


「弟妹たちがいると思うのですが」

 ルーシーはそう言い、玄関のドアをノックする。すると──


「遅いよ、父ちゃん!」

「「うわっ⁉」」


 いきなりドアが開いたかと思うと、中から少年が勢いよく飛び出してくる。私とルーシーは、驚き声を上げてしまった。


「イアン! びっくりするじゃないの……どうしたの?」


 小言を言おうとしたルーシーだったが、弟の不安げで今にも泣き出しそうな顔を目にし、優しく問いかけた。


 ルーシーの弟は、イアンっていうのね。


 ルーシーと同じ髪色で、顔立ちも似ている。そのイアンの背後には、小さな背中に隠れるように、女の子が立っていた。


「姉ちゃん……」

「え、ルーシーおねえちゃん? うわーん、おねえちゃ〜ん──!」


 イアンの呟きに、背後から顔を覗かせた女の子は、ルーシーの顔を見るなり泣き出す。


「エイミー、どうしたの? 泣かないで」


 妹はエイミーっていうのね、可愛らしい子だわ。


 茶色の髪を二つに分けて束ねてあり、その毛先はくせ毛なのかくるんと丸まっている。


「ルーシー、それを貸して」

「いえ──」

「いいから。早く抱きしめてあげて」


 私は自分の手荷物を地面に置き、ルーシーから小麦粉の入った袋を受け取る。


「ただいま、イアン、エイミー」

 ルーシーはしゃがみ込むと、二人を抱き寄せる。そして何かあったのかと問う。


「と、父ちゃんが……昨日から帰ってこないんだ」

「え──」


 ルーシーの顔から血の気が引く。すぐにでも、詳しい話しを聞きたいに違いない。なのにルーシーは私がいるからか、遠慮して口を閉ざしてしまう。


「はじめまして、イアン、エイミー。私はルーシーのお友だちのレティシアよ。今日はお土産を持って来たのだけど、お家に入れてくれる?」


「レティシア様、今日はご予定が──」

「そうよ、だから早く中に入れて。時間が勿体ないでしょ」


 ルーシーは私が荷物を置きに来ただけだと思っている。だから急かすと、はっとしたように立ち上がり、私の手から袋を取ろうとする。


「ルーシーはそっちのをお願い」

 私が地面に置いたほうの荷物を頼むと、それを手にし、「どうぞ」と家に入れてくれた。


「こちらに置いてください」

 部屋の片隅にある台の上を指定される。


「よいしょっと」


 さすがにレティシアの筋力では、五キロを僅かな間でも持ち続けるのは困難だった。


 腕がだる~い。なんてひ弱なの。筋トレしないと、パン生地がねられそうにないわね。


「レティシア様、すぐに出かけられますか」


 そう問うてくるルーシーの足元には、彼女にしがみつく弟妹の姿があった。

 以前のレティシアだったら、お構いなしに行くと言うだろう。


「疲れたから、少し休ませて」

「は、はい、お飲みのもをご用意しますね。とはいっても、大層なものはないのですが」


 ほっとしたように、ルーシーは弟妹の頭を撫でている。 


「こちらへどうぞ」

 ルーシーがダイニングテーブルに案内してくれた。


 うわ~、素敵なテーブル。


 一枚板でできたそれは、天然の木を生かした曲線で、綺麗な木目が目を引いた。


「少々お待ちください」

 

 ルーシーがお茶の用意をしに行ってしまうと、イアンとエイミーは部屋の隅の方に移動してしまう。


 あ、そうだ。いいものがあったんだったわ。


 私は席を立ち、台の上に置いた袋の中から、キャンディを取り出す。その足で弟妹の元に行き、テーブルに着くよう促した。


「はい、口を開けて」


 二人が座ったところで、口元に丸いキャンディを持っていく。けれど戸惑ったように、キュッと唇を引き結んでしまう。


「嫌いだった?」

 首を傾げ問うと、二人とも小さく首を振る。


 もしかして、ルーシーに怒られると思ってるとか?


 そう思い至ったとき、タイミングよくルーシーが茶器を手に戻ってきた。


「ルーシー、この子たちにキャンディをあげてもいいでしょ」


 尋ねると、恐縮するルーシーとは対照的に、幼い二人は目を輝かせている。


「レティシア様……」

「いいのよ、もともとそのつもりだったから」


 戸惑うルーシーにそう言うと、泣き笑いのような表情になる。


「いただいていいわよ。お礼も忘れずにね」


 ルーシーの許しが出ると、二人は満面に笑みを浮かべて「ありがとう」と言ったあと、大きな口を開ける。私はそっと口にキャンディを入れてあげた。


「甘い……おねえちゃん、とっても甘いよ」


 エイミーはご機嫌だ。イアンも先ほどまでの不安顔が消えている。これなら話しを聞き出せそうだ。


「ルーシーも座って。って、私の家ではないけど。──この香りって、ハーブ?」


 テーブルに置かれたカップから、フルーティーな香りが漂ってくる。


「はい、カモミールです。亡くなった母から作り方をおそわりました」

「え、ルーシーのお母さん、亡くなってるの?」

「はい、一年前に」

「そうだったの」


 どおりで歳に比べてしっかりしているわけだわ。


 聞けばルーシーのお母さんは、ハーブを育てて自家製の茶葉を作っていたとか。

 それを受け継いだというルーシーに、活躍の場を用意してあげられたら──


 パンと一緒にハーブティー!


 前世の私の夢でもあった、カフェスペースのあるパン屋。そこでルーシーの才能を生かしてもらうというのはどうだろう。


 おっと、それより今は──


「ところでイアン、お父さんが帰って来ないって、どういうこと?」


 ルーシーからは話しを切り出しにくいかと、私から水を向ける。ルーシーも神妙な面持ちで、イアンを見つめている。


「僕のせいなんだ。誕生日に、木彫り用のナイフが欲しいって言ったから」


 そのナイフを買うために、仕事を探しに出たきり帰って来ないのだという。


「ルーシーのお父さんって、なんの仕事をしているの?」

「実は……今は定職には就いていないのです」


 伏し目がちに、ルーシーは訥々と語ってくれた。数年前まで、腕のいい大工だったのだと。


「そう……足場から落ちて怪我を──」


 高所で作業中、突然の強風に煽られ転落。足の骨を折ってしまい、それ以来、杖がないと歩けなくなってしまったそうだ。当然、仕事を続けられなくなり、弟子たちも離れていったらしい。

 

 以降は立て付けや、窓の修理といった、ちょっとした仕事を請け負うことしかできなくなったという。


 だからルーシーは、私の悪態にも耐え続けていたのね。

 本当にごめんなさい。あんなに非道なことをしてしまって。


「もしかして、この家って……」

「はい、父が丹精込めて建てた家です」

「凄いわ……」


 腕のいい大工というのも納得だ。技術的なことは私にはわからないけど、センスのいい内装だと思った。テーブルといい、可愛い出窓といい。壁には棚も取り付けられていて、生活しやすい空間になっていた。


 私のパン屋、ルーシーのお父さんに建ててもらいたかったな。


 もし、足が不自由でなかったら、土下座してでもお願いしたいところだ。


「姉ちゃん、どうしよう。僕のせいで、父ちゃんがこのまま帰って来なかったら」


 ルーシーの話を聞いている内に、イアンの不安がぶり返してしまったようだ。


「大丈夫よ、きっと帰って来るから」


 慰めるように、ルーシーはイアンの肩に手を置く。けれどイアンは、今にも泣き出しそうだ。


 今日はイアンの誕生日なのに……悲しい気持ちで過ごさせるわけにはいかないわ!


「ちょっと、あなたたち。お父さんは仕事に行ったのでしょう。だったら、クタクタになって帰って来るはずだわ。美味しい食事を用意しないとダメでしょ」


 私は勢いよく立ち上がる。


「え、レティシア様?」

 ルーシーは面食らった顔で私を見上げてくる。


「ルーシーも立って。あなたは食事の支度をして。材料がなければ、買ってくればいいわ」


 財布を取り出すと、ルーシーが慌てて辞退しようとする。


「気にすることはないわ。私もいただくのだから」


 そう言って財布を押しつけると、ルーシーは必要な分だけお金を取り財布を返してくる。


「では、いって参ります」

 買い物籠を手に、ルーシーが家を出る。


 さて、私は子どもたちのためにクッキーを焼こう。


「ねえ、あなたたち。私の手伝いをしてもらえる?」


 私の問いかけに頷く二人に、まずは台所へ案内を頼む。


 うん、道具は揃ってるみたいね。


 ルーシーのお母さんは、料理好きだったのかもしれない。


 私はエセルの商会で買いそろえた材料を台所に運び込み、クッキー生地作りに取りかかる。その様子を、イアンとエイミーは興味津々と言った様子で見入っていた。


 型はないから……手でやるしかないわね。


「二人の出番よ。よく見ていてね、こうやるのよ」


 クッキー生地をひとつまみ取り、手のひらでくるくると丸めたあと、軽く押して平たくしてみせる。厚みは五ミリ程度。それをハート型や星型にして鉄板に並べていく。フリーハンドだから、綺麗な形ではなかったけど、二人は「すごい!」と褒めてくれる。


「イアンとエイミーもやってみて」


 それから二人は、黙々とクッキーを形作り並べていく。


「ただいま戻りました」

 そうこうしているうち、ルーシーが買い物から帰って来た。


「おかえり、ルーシー。クッキーを焼きたいのだけど、どうすれば?」


 私にはまだ、この世界の台所を使いこなす技量はない。


「これは──」

 ルーシーは言葉を詰まらせ、何かを懐かしむような遠い目をしていた。


「どうかしたの?」

「実は……随分前のことになりますが、特別な日だからと、一度だけ母が作ってくれたことがあったのです」

「特別な日?」


 首を傾げる私に、ルーシーは思い出話しをしてくれた。


 ルーシーのお母さんは、二人目の子どもを望んでいたものの、なかなか授からなかったという。そして諦めかけたとき、イアンをお腹に宿した。嬉しさのあまり奮発して小麦粉を買い、お祝いだといってクッキーを焼いてくれたそうだ。


 なるほど、だから年の離れた弟妹なのね。


「もしかして、ルーシーも一緒に作ったの?」

「はい、このレティシア様が作られたみたいな、凝った形ではなかったですが」

「ふふ、これ可愛いでしょ。イアンとエイミーも手伝ってくれたのよ」


 そう言って、二人の肩に手を置くと、はにかみながらも胸を張る。


「ちゃんとお手伝いできたなら、よかったです。それにしても……レティシア様がクッキーを作られるなんて、思いもしませんでした」


「前にも言ったでしょう。ずっとやってみたかったことがあるって。でも、私って性格があんなだったし……」


 苦笑を浮かべると、ルーシーも「それもそうですよね」とは言わなかったけど、納得顔ではあった。


「あとは焼くだけなのだけど、ルーシー、できる?」

「おそらくできると思います」


 お母さんとの思い出だから、焼き方も覚えているのね。


「じゃあ、お任せするわ。残った材料は、昼食にでもルーシーが好きに使っていいからね」


 調理台の上には、使いかけの卵やバターが乗っていた。


「ありがとうございます。腕によりをかけて、昼食をお作りします」

「頼もしいわね。では私はその間、この近辺を散策してくるわ」


 ルバインが救おうとしている貧民街を、見ておきたかった。それに、王都のパン屋も。


 市場調査にレッツゴー!


「レティシア様! お一人では心配ですので、イアンをお供に」


 勇んで出かけようとすると、ルーシーに止められてしまった。


「そう? じゃあイアン、お願い」


 実のところ、貧民街への道順を知らなかった私は、ありがたくイアンを連れ散策に出かけるのだった。


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