第15話 ファイト、ノーラン!
馴染みになりつつある、朝の光景。
校舎へと続く石畳の道を、ディアナを守るように挟んで歩くライナスとルーク。そしてその後方を歩くマーカスと二組のカップルの姿。
はぁ~、和むわ~。
ヴィクトルに微笑まれ、目元を赤くするコンラッドは初々しく、見ている私のほうが照れてしまいそうだ。ルバインとノーランは自然体ではあるけど、互いを慈しむように見つめ合っていて、一線を越えたのではないかと私は睨んでいる。
順調に愛を育んでいるようでなによりだわ。
「「おはようございます、レティシア様」」
私がほんわかしていると、メーベルとビアンカが駆け寄って来た。さすが双子だ、呼びかけのシンクロが半端ない。
「おはよう、メーベル、ビアンカ」
私は慌ててにやけ顔を引き締める。と同時に、私の存在に気づいたルバインが振り返り、物言いたげな視線を送ってくる。
ん? 何かしら。
実はこの三日、同じような視線を何度か向けられていた。
は、もしや男同士の恋愛に立ちはだかる何かが勃発? ならばこの、前世腐女子だった私に任せて! アドバイスして差し上げますわ、お~ほっほっほ。
「あなたたち、先に教室に行っていてちょうだい」
そう言うと、二人は不服そうな顔をした。
「あの女に、言ってやりたいことがあるのよ。でも、あなたたちがいたら、私が一人では何もできない人間だと思われるでしょう」
片方の口角を上げ、悪巧みをする悪代官のような笑みを浮かべて見せる。
「そういうことでしたら、私たちは消えますわ」
二人は早足に、前を歩く集団を追い抜き校舎に入っていった。私はそれを見届け、視線を送ってくるルバインに、ちょいちょいと手招きし合図を送る。察したルバインは歩くスピードを緩め、さりげなく私との距離を詰めてくる。
「話しがしたい。放課後、西棟の裏で」
小声で告げられ、私はわかったと頷く。するとルバインは歩く速度を上げ、速やかに私から離れていった。
「あ……あの二人、こっそり見ていたのね」
前方に目をやると、校舎の入り口で黒髪が揺れたのが見えた。この国の民に、黒髪の者はいないから、見間違えることはない。
彼女たちは異国からやって来た貴族だった。
だからというわけではないけど、最近の私は、あの姉妹にちょっとした不審感を持っていた。何かとディアナの悪口を吹き込んでくるのだ。それも「レティシア様のこと、悪女だと言っているらしいですよ」とか、「レティシア様に服を切り裂かれたと吹聴している」などというのもだ。
これって、わざと私を怒らせようとしてない?
私に悪役令嬢でいてほしいのか、ディアナを気に入らないから、私を利用しているのか。
どちらであろうと、私はもうディアナに関わる気はない。もう悪役令嬢は返上するのだから。
もうイジメるのはやめたって、それとなく言ってみる?
納得してくれるといいけど、そうでなかったら、今度はメーベルたちがディアナに意地悪を始めるんじゃあ……
それも気の毒よね、ディアナが。
だったら私が、上手くはぐらかし続ければいいのでは? これも罪滅ぼしの一貫よね。さっきのことも、
案の定というべきか、教室に入ってから説明すると、二人は「邪魔立てして……」と険しい顔をしていた。
ごめんね、ルバイン。
∞∞∞
放課後を迎え西棟の裏に足を運ぶと、二人は既に来ていて私の姿を目に留めると、「よう」とルバインが片手を上げた。
「ルバイン殿下のほうから呼び出しなんて、この私になんの御用かしら」
ちょっとだけ、面倒そうに言ってみる。とはいえ、悪態をつくつもりはないんだけど。
「あぁ……なんというか、一応レティシアには背中を押してもらったからな。報告くらいするべきかと思ったんだ」
決まり悪げに、後ろ頭に手を当てている。
報告って、二人が婚約したとか⁉ きゃっほー、おめでとう!
「実はな、貧民街に暮らす民を救う政策を、国王から任されたんだ。ノーランの援護射撃のお陰でもあるんだがな」
照れたような笑みを浮かべ、ルバインはちらりとノーランに視線を向けた。ノーランも蕩けそうな笑みをルバインに向けている。
キャー、いい、いいわ~。私の予想した報告とは違ったけど、萌えをありがとう!
「それはよかったですね。ルバイン殿下らしい、奇抜な政策を期待していますわ」
貴族では気づけない、庶子であるルバインだからこその視点もあると思う。
「奇抜ってなんだよ。まともな発想ができないみたいではないか」
言葉では憤っているみたいだったけど、「まあ見ていろ」と呟く声は、楽しげだった。
「誰もやらないようなことをやって認められたら……爽快でしょうね」
これは私自身に言って聞かせた言葉でもあった。
前世ではよく、〇〇に〇〇を合わせたら、〇〇の味になる。というような発見をする人たちがいたからだ。
プリンに醤油をかけるとウニの味になるとか、どうやったら思いつくのよ。っていうか、やろうとするのがすごくない?
優衣だったころ、自分も何か試したくて、メロンに醤油をかけようとしたのよね。そうしたらお母さんが、「なんてことするの、もったいないでしょう!」って怒ったの。新発見があるかと思ったんだけどな。どんな味に変化したんだろう。ウリ科だけに、きゅうりっぽくなったりして。あ、でもメロンより価値下げたら意味ないか。
「今まで気づかなかったが……レティシアは案外いいやつだったんだな」
しみじみと言われ、ルバインの中の私に対する悪印象を、少しは塗り替えることができたのだと気付く。
「あら、今ごろ気づいたんですか? 殿下もまだまだですわね」
揶揄い混じりに肩を竦めると、ルバインがククッと喉を鳴らす。
「話しは変わるが、もう怪我のほうはすっかりいいのか」
もしかして、私に視線を寄こしていたのは、それが知りたかったから?
「ええ、もうどこも痛くありません。ご心配いただき、ありがとうございます」
ふわりと微笑むと、ルバインは虚を突かれたかように視線を彷徨わせた。
ちょと、そんな顔したら……もう、ノーランが私を睨んでくるんですけど!
「ところでルバイン殿下、具体的な策はあるのですか」
頬に刺さる痛い視線を逸らそうと、話題を変える。
「ああ、まずは食を充実させようと思っている。痩せ細った子どもの姿は、見ていて辛い」
気持ちはわかる。食は命の源だ。
「ですが、毎日食料を届けるわけにはいかないのでは?」
国にも財源がある。そしてその財源は、国民から徴収される税だ。それに貧民街だけ手厚くすれば、不公平だという声も上がるだろう。
「まあ、それはその通りなんだが、この問題には
確かにそうだ。一日の差で、命が失われることもある。まずは健康を取り戻させる。あとのことはそれからだというルバインの判断は正しいと思えた。
私にもできることがあるとすれば……やっぱりパンよね。
届けるだけではなく、教えてあげられたら。そのほうが、今後に繋がる気がした。助けに頼らず、自分たちで得られるようになるのだから。
「もっともな意見ですが、合わせて知恵と知識も必要では? 与えるだけでは根本的な改善になりませんから」
秀でた技術を身につければ、職も得られるのではないだろうか。
「そうだな、子どもたちには学びの場を。大人たちには働く場だな」
そういえば、私は貧民街を見たことがないかも。
これは……ルーシーの家に行ったときにでも、様子を見ておく必要がありそうだ。そうすれば、私なりの救済案が浮かぶかもしれない。
「ねえ、ノーラン。あなた、平民の服、持ってない?」
男物のほうが動き安いのではないだろうか。
それにこのドレスのような服で、ルーシーの家に行くわけにはいかない。萎縮させてしまうだけだし、クッキー作りにも不向きだ。
「何を急に……持っていませんよ、今は」
「えー、なんで持ってないのよ。使えないわね」
平民出のノーランなら、持っていると思ったのに。まあ、今はということは、寮に持って来てないだけかもしれないけど。
「俺は持ってるぞ。といっても、母のだけどな」
それって……形見なのでは。
亡くなったお母さんの服を、今も大事に持っているなんて──
「それは、借りられないわ。思い出が詰まっているのでしょう?」
「まあ、粗末に扱うつもりなら貸さないが、そうでないなら構わないぞ」
なんて寛大なの。子どもっぽいと思っていたけど、見直したわ。
「殿下、軽率に貸すなどと言うのはいかがなものかと」
ノーランが私とルバインの間に割り込んでくる。
そんなに嫉妬しなくてもいいのに。あ~熱い熱い。
「急にどうしたんだ? ノーラン」
「いえ、出過ぎた真似を──」
ノーランは頭を下げると、すっと身を引いた。
ルバイン殿下……鈍すぎます。
あの嫉妬に燃える目に気づかないとか、ファイト! ノーラン。
「では、お言葉に甘えてお借りします。必ず丁寧に扱いますから」
「いいぞ。あとで寮に届けよう。で、何に使う気なんだ」
借りるからには、理由を伝えるのは筋だよね。
「ちょっと町へ買い物に行きたいんです」
「は? わざわざ平民の服を着てか」
「ええ、私は性悪で有名でしょうからね」
気づかれたくないのだと言うと、えらく納得されてしまった。
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