第13話 ここにも私の被害者が
明くる日の放課後、私は学園の図書室に来ていた。
ふ~ん、へ~、そうなんだー。
私が読んでいるのは、料理全般のことについて書かれた本。主な熱源はやはり薪で火を焚くというものだった。
パンは石窯か〜、なんか美味しそう。
脳裏にチーズがたっぷり乗ったピザが浮かんできた。
とはいえ――
「それにしても、レトロ感半端ないわね……」
台所のイラストを目にし、つい口から漏れる。
湯を沸かす専用らしい
「発火石なんてあるんだ。火打ち石的なものなのかな」
火を起こすには、火属性の魔法によって作られた発火石を使うらしい。
江戸時代の台所って、こんな感じだったのかな。高度文明に慣れていた私には、想像がつかないよ。
ここでは中世ヨーロッパ、というべきか。
どちらにしても、不便だ。不便なことだらけだ。
あ~あ、私にも魔法が使えたらよかったのに。
と、無い物ねだりをしても仕方ない。私には、チートな魔法は使えなくても、この世界にはない美味しいパンを作り出せる、この『手』がある!
これはもう、『魔法の手』って言ってもよくない?
私は自分の手を、閉じたり開いたり、パン生地を
う~ん、綺麗な手すぎて、ちょっと違和感あるけど……まあ、なんとかなるでしょう。
それよりも問題は、パン生地はできても焼くことができなければ意味がない、ということだ。
こうなったら、あの面々に協力してもらうしかないのでは。
まずは火ね、これは欠かせない。
「ふ、ふ、ふ……火属性といえば、ルバインよね」
発火石とやらを改良して、一定の炎が保てるようにしてもらうのはどう? そうすれば、温度調節もできると思うんだけど。
次はパンを焼く石窯。
土属性って、石を作ることもできたりするのかな?
「よし、ここはコンラッドに頼ろう」
確かコンラッドは、
ヴィクトルには、何を手伝ってもらおうか。確か彼は水属性……何か思いついたら協力してもらおう。
え、王子様をこき使うつもりかって? 人聞きの悪いことを。ちょっと力を貸してもらうだけよ。夢を叶えるためなら、王子様だろうと、私は利用させてもらうわ。
むむ、断られたらどうするのかって? それは大丈夫、私には魔法の言葉があるから!
例えば……
『大いに、国民の幸せに繋がるのですよ。皆が感謝するでしょう。コンラッドが側にいるお陰で、ヴィクトル殿下は才能を遺憾なく発揮できるのだと』
どう? これを言えば、ヴィクトルは俄然張り切ると思うの。二人の明るい未来のために。
まさかあのときの激励が、布石になるなんてね!
そしてルバインには、『貧民街の活性化に繋がる』、という魔法の言葉が効くはずだ。
そもそも文句は言わせない。だって、私のお陰で今あのカップルたちは、イチャイチャのラブラブなのだから。
「あ……設備は整っても、肝心の腕が鈍っていては話しにならないわよね」
久しく私は、パン生地を触っていない。
うんん、久しくなんてレベルじゃないわ。
レティシアに転生して十七年間、私はパンを作っていないのだから。
あのパン生地の感触、この手でも覚えているといいんだけど。
水分量の違いひとつとっても、出来上がりに差が出てしまう。
これは練習しておく必要があるわね。感覚を取り戻せるまで、捏ねて捏ねて、捏ねまくろう。
そのための材料はどうしよう。基本のパンに必要なのは、強力粉に砂糖、塩、それから無塩バター。あとは水や牛乳だ。これらは町の商会や市場に行けば手に入るだろう。
問題はパン酵母――
この世界に、ドライイーストとかあるのかな? あったらあんな硬いパンにはならない気もするのよね。
自家製で酵母を作ることはできる。できるんだけど……
それらを作るには、消毒した瓶に、水、果物か穀物を入れて砂糖を加え、発酵させなければならない。だいたい一週間くらいで出来上がるのだが、冷蔵保存で一月くらいしかもたない。
パン屋を開くとなると、毎日のように酵母が必要になる。そうなると、酵母を作るのも大変だけど、保管場所にも困る。瓶だらけになってしまうから。
できればドライ酵母がいいんだけどな。
あ! ヴィクトルって、水の中から不純物を取り除くこととかできるのかな。真水に戻す的な水魔法。
名付けて、
それができれば、発酵水の中から酵母菌を分別できるのでは? それを乾燥させれば、自家製ドライ酵母のできあがり。
いいアイデアじゃない! 試す価値ありよね。
やったことがないのなら、これから練習してもらおう。何事も挑戦だ。
私は着々と、脳内でパン作りに必要なことを膨らませていく。
あとは香辛料や、チーズ、ケチャップなども手に入れば、惣菜パンも作れる。
それと――
あ、そういえばエセルの家業って、食料品を扱う商会だったような……
それも、貴族のお抱え料理人御用達の商会でもあった。
というのも、海の向こうから渡って来る、異国のものも取り扱っているからだ。もちろん品質もいいから評判もいい。ぜひ利用したいところだ。
がしかし、それには問題があった。私が頼んだところで、調達してくれるかどうかという難問が。
実は……過去に私はやらかしている。
何をって、それはね……私がジェイクお兄様とエセルの恋路を邪魔して、破局させてしまったのよーーー!
ここにも私の被害者が。本当にごめんなさい。
だから当然、お兄様に間に入ってもらうことはできなくて。
普通に考えたら、こんな妹、憎まずにはいられないわよね……
だけどお兄様は辛く当たってくることもなく、その後も私に対する態度は変わらなかった。寛大にもほどがある。
お兄様は現在二十一歳。クリストフと同い年で、学友でもあった。
身内の贔屓目ではないけど、お兄様は金髪碧眼の、正義感溢れる好青年だ。
引き裂いておきながらなんだけど、今思えばお似合いの二人だった。それなのに、当時の私は何が気に入らなかったのか。
お兄様を取られたような気がしたとか?
うんん、違う気がする。じゃあ、ただエセルが気に入らなかったのかな。
エセルはお兄様の一つ年下で、王都で一番大きな商会の娘だ。気立てのいい働き者で、丸顔の童顔だけど大きな目は愛らしく、赤みを帯びた茶色の長い髪を、三つ編みにして前に垂らしている。
優しい人だったのに、なんでだろう。意地悪してごめんね、エセル。
いったいどんなことをしたのか――
それは三年前、お兄様がカーライル邸にエセルを招いたことから始まった。
私は当時十四歳で、エセルの紅茶に塩を入れたり、背中にカエルを放り込んだこともあった。商会の評判を落とすような噂を流したことも。
嫌がらせは、小さなものから大きなものと様々繰り返し、いつの日かエセルはカーライル邸に寄りつかなくなった。お兄様も私のしたことに薄々感ずいていたようだったけど、苦い表情をするだけでエセルのことに関して何も言ってこなかった。
私に何をされたか、お兄様には言わなかったのかな、エセル。どれだけいい子なの。いつか必ず罪滅ぼしするからね。
はぁー、私には、汚名返上させてもらわなければならない人が多すぎる――
でも、頑張らないと。
これは当たり前のこと。自分がしてきたことの尻拭いは、自分でしなければ。そうでないと、罪滅ぼしにならないのだから。
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