第10話 これで安心だわ
「おい、お前たち。コンラッドを
「ヴィ、ヴィクトル殿下──いえ、その、愚弄だなんて。少し助言をして差し上げただけですのよ」
ジェイミーたちは、じりじりと後退り、踵を返すと一目散に逃げ出していった。
「ヴィクトル……僕──迷惑になっているとは知らず、頼ってばかりでごめん」
コンラッドは目を潤ませ、ヴィクトルを見上げている。
ここは大事な場面よ、ヴィクトル!
ガリ勉タイプの彼がアプローチなんてできるのか心配になり、ジェイミーたちが立ち去ったあと、じわりと二人に近づいていく。
「もう迷惑をかけないようにするから、安心して。明日からの剣術は、ライナスとペアを──」
「ダメだ! 私から離れるなど、許さない」
ヴィクトルはコンラッドの言葉尻を遮り、小柄なその身体を胸に包み込んだ。
「え……ヴィクトル?」
コンラッドは頬を朱に染め、戸惑っている。
胸キュ~ン。
いいのよ、コンラッド。もう誰にも遠慮することはないわ。あとは「ずっと好きだった」って言うだけよ!
「コンラッドは、私のことが嫌いか?」
切なげに、ヴィクトルは自分の腕の中に捕らえたコンラッドを見つめた。
「嫌いだなんて、あるはずない。僕……今まで感じていた胸のモヤモヤがなんなのか、はっきりわかったよ。僕は、ヴィクトルが好きなんだ」
だからディアナと親しくするヴィクトルを見ると、胸が苦しかったのだとコンラッドは吐露する。
「コンラッド──私は君がそばにいてくれることを、当然だと思っていた。失いそうになって初めて気づくとは、情けない」
腕を緩めたヴィクトルだったが、コンラッドの腰に手を回し身体は離さない。
眼福よ、眼福!
こんなに間近で、イケメン同士の絡みが見られるなんて最高だ。
ヴィクトルは金髪の碧眼で、長い髪を後ろで緩く束ねている様が知的なイケメン。対するコンラッドは小柄で、ふわりとした山吹色の髪に、深い緑のくるりとした大きな目の可憐な青年だ。
絵になるわ~。カメラがあったら撮りたい萌え場面よ!
「夢でも見てるのかな、僕。ヴィクトルにそんなことを言ってもらえるなんて」
「夢ではない。コンラッド、これからも変わらず、私のそばにいてほしい」
「嬉しい。嬉しいけど、いいのかな。僕たちは男同士──」
はい、来たー! 定番の台詞ね。
相手は一国の王子。身を引くべき、そう考えるのはよ~くわかる。ここは私の出番よね、うん、任せて! 悪役らしく、決めてみせるから。
「そんなことで諦めるの? バカげているわ。性別が何? 愛より勝るものなの?」
ゆっくりと二人の目前まで歩み寄った私は、腰に手を当て尊大な態度でもの申す。
「簡単に言わないでよ。彼は王族。男爵家の次男の僕とは、立場が違う」
コンラッドは眉根を寄せ、私を睨んでくる。
普段は気弱なコンラッドなのに、ヴィクトルのこととなると人が変わるなんて、愛だわ。
「愛する人も幸せにできない地位なんて、私だったら捨てるけれど。ヴィクトル殿下は臆病なんですね。王子という権力にしがみついていないと、何もできないようだわ」
私は皮肉な笑みを浮かべ、ヴィクトルを煽る。
彼はガリ勉気質なだけに、「わからない」「知らない」「できない」という言葉を受け入れられない。というより、わかるまで勉強する。知らないことは徹底して調べる。できないことは、できるまでやる。といった感じだ。
「な、何を言う! 私は臆病ではない。周りがなんと言おうと、コンラッドを離すつもりはないし、認めさせてみせる」
キャー、素敵! その意気よ、ヴィクトル!
「あらそう。口だけで終わらないよう、精々足掻いてくださいな。お二人がどうなろうと、私には関係ないですから。でもそうね、もしあなた方が、誰から見ても幸せで、共にいることで国がより豊かに発展していくようなことがあれば、『おめでとう』くらい言って差し上げますわ。無理でしょうけど」
「──なるほど……やるぞ、コンラッド。レティシアに『おめでとう』と言わせてやろう」
「そうだね、ヴィクトル」
私の罵り混じりの激励に、二人は顔を見合わせ頷き合う。深まった絆に、私は大満足だ。
「どうぞご勝手に。私は帰るわ」
見つめ合う二人を置いて、私はその場を離れた。
う~ん、満足満足。これで安心だわ。ドクロステージ回避は間違いないわよね。
歩きながら、天に向かって手を伸ばしていると、前方に冷ややかな顔をしたクリストフが立っていた。
え、なんでこんな所に? 今日は来る日だったのかしら。
クリストフは二十一歳で、もう学園の生徒ではない。けれど、優秀な氷属性の使い手で、魔法の自在性について教える講師として、週二日ほど学園に来ている。
「ごきげんよう、クリストフ殿下」
「随分な奇行だな」
足を止めた私への第一声がそれって……
怖い、なんでそんなに睨むのよ。あなたには何もしてないじゃない。
「な、なんのことでしょう?」
とぼけてみせると、クリストフはそれ以上何も言うことなく、背を向け去っていった。
なんだったの? 謎すぎて怖いわ。
私が何かしでかすと思って、目を光らせているのだろうか。
その点は、もう安心していいと思う。今後はパン職人を目指しながら、好感度を上げていくのだから。
うー、なんだか無性にパンが作りたくなってきた。だって、この世界のパンって……
シンプルな丸いパンで、少し硬いのだ。不味いとは言わないけど、素朴というかなんというか。
思い返してみると、ゲーム中、食事の場面は殆ど登場していなかったように思う。たまにお茶をしている場面があったけど、お茶請けはクッキーかカップケーキだった。
もっとこの世界のパンについて、知る必要がありそうだ。
これからパン職人への道が始まると思うと、胸が弾むのだった。
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