第8話 二人共、お幸せに

「なあ、レティシア。アイディアを否定されたとき、お前ならどうする?」

「へ──」


 マヌケな声が出てしまった。だってあの流れで、私にそんな返しがくるなんて、思わないでしょう? おまけにトーンダウンしてるし。なんで?


「それは……提案をしただけで、実行はしていないということかしら」


 今までルバインの提案は、ことごとく却下されてきたのかもしれない。

 だから心が折れて、挑戦できなくなった?


 きっと認めてもらおうと、最初のうちは頑張っていたのだろう。王子という立場だ。国をよくしようと、まつりごとなど考えていたに違いない。


「まあな。へたな動きを見せれば、あの連中は潰しにかかってくる。それに俺には、力を貸してくれる家臣もいなかったしな」


 自嘲ぎみな呟きに、私は喝を入れたい衝動に駆られ、一瞬ちょっとだけ、優衣の素が出てしまった。


「バカじゃないの! っ──なぜ諦めたんですか。いいと思ったことなんでしょう? 周りがなんと言おうが、貫くべきだったんです。それに力を貸してくれない? 殿下には、ノーランがいれば十分ではないですか」


 昔は平民同士だったのだから、心が通じ合うでしょうと、余計な一言も添えてみる。


「殿下、やりましょう。言いたい人間には言わせておけばいい。それに、血筋がなんだというのです? 黙らせるだけの、成果を上げればいいではないですか」


 私の喝に先に反応したのはノーランだった。


 いいわよ、ノーラン! その調子で、ルバインを落とすのよ。


「だが、皆が奇抜な考えだ、誰も受け入れない、やっても無駄だと言うのだぞ」


 それでもついてきてくれるのかと、ルバインはノーランを見つめる。ルバインなりにノーランを気遣っているのかもしれない。失敗すれば、避難の目はノーランにも飛び火するだろうから。


 確かに未知なことには、人は慎重になるものだ。それに、受け入れられるまでには、時間がかかるかもしれない。


 でもね、聞いて! 焼きそばパンのルーツ、知ってる? 諸説あるけど、パンと焼きそば、別々に売っていたのを、お客さんが「面倒だからパンに挟んで」っていうリクエストから生まれたらしいの。コロッケパンもそう。今では当たり前のように、パンにいろんなものが挟んであるけど、当時は突拍子もない思いつきだったんじゃないかと思うの。


 サンドイッチなんかもそうだ。カードゲームを中断したくないどこぞの伯爵が、片手で食べられるサンドイッチを生み出したとか。


 それに揚げパンだって、発想の転換よね。パンは焼くもの、という固定観念を破ったんだから。

 あ~、パンの未来は明るいわ! まだまだ進化できると思わない?


「大丈夫です。殿下のお考えは、すべて民を思ってのこと。必ず伝わるはずです」

「そうだな、行動を起こさないことには、何も始まらないな」


 私の思考がパンのことで熱くなっている間に、ルバインの神妙な面持ちが、晴れやかなものに変わっていた。二人の間では、話しが進んでいたようだ。


 ごめん、ほとんど聞いてなかった。でも……やる気が漲っているようだから、大丈夫そうだわ。

 

「あら、ルバイン殿下にしてはいいこと言うのね。でしたら私からアドバイスをして差し上げますわ。ありがたく思いなさい」


 最後まで私は高飛車であらねば。


「奇抜だからこそ、新しいものが生まれるのよ。誰もが考えつくことなんて、とっくに普通のことになっているんだから。でも、結果を焦らないことね。成果なんて、すぐに現れたりしないことくらい、いくら殿下でも知っているわよね」


 世紀の大発見をする偉人は、割と変人扱いされていると思う。歴史の授業でちょっと知ったくらいの知識しかないけど。


「ああ、肝に銘じておくよ」

「精々頑張るといいわ。私は高みの見物でもさせていただこうかしら。お~ほっほっほ」


 これだけ煽ったんだから、十分よね? あとはノーランと、手と手を取り合って進んでいってちょうだいね。


 ちらりと視線を向けると、ノーランがすっと私のそばに身体を寄せてきた。


 ま、まさか私をひっぱたくつもり⁉ 


 確かにひっぱたかれても仕方ない振る舞いはしたけど、でも待って、あなたの恋のためにしたことなのよ。お願い、早まらないでー。


 焦り警戒する私の耳元で、ノーランは意外なことに「見直しました」と囁いた。


 うん? 見直した? そんな要素あったかな。罵詈雑言を吐きまくったと思うんだけど……まあいいか、ひっぱたかれるより。


「ルバイン殿下、早速に、これまで貧民街の民のために、救済の政策を考えていたことを実行しましょう。このノーラン、何があってもあなたの味方です。未来永劫、あなたのおそばに」


 ノーランはルバインの前で片膝をつき、手を胸に当てた。


「あなたのことなら、誰よりも理解しています」


 キャー、騎士の忠誠みたいじゃない。ルバインも目元を赤くしちゃってるし! お邪魔虫は退散するからね~。


 私はそっと後退り、物陰に身を潜める。


「ノーラン……ありがとう。何があっても、俺についてきてくれ」

「もちろんです。何があろうとも──」


 ルバインがそっとノーランの肩に手を置いた。


 ここはキスするところよね、そうよね!


 見つめ合うふたりを、私は固唾を呑んで覗き見る。


「──私はずっと……あなたをお慕いしていました。誰にも、渡したくない。たとえ相手が、聖女であっても」 


 立ち上がったノーランが、ルバインの頬を手でそっと包んだ。


 キャー、キャー、カップリング成功よ! 


 お二人共、お幸せに──


 大役を果たした充足感に、私は一人酔いしれた。

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