第7話 ノーランの出番よ!

 本日最後の授業終了を告げる鐘が鳴り、待ちに待った放課後が訪れる。


「レティシア様、本当にディアナを足止めするだけでいいのですか?」


 私のそばにやってきたメーベルが、困惑顔で再度確認してくる。続けてビアンカまで、「ディアナに思い知らせるのではなかったのですか?」と訴えてくる。


 私が双子の姉妹に頼んだのは、ディアナを三十分くらいの間、学園の校舎から出さないこと。万が一、私がルバインを罵っている場に彼女が現れ、仲裁に入られては困るからだ。もちろんメーベルたちに理由は説明していないけど。


 だって、ルバインとノーランをくっつけたいから、なんて言えるわけないしね。


 だから不満顔の二人に、私はもっともらしいことを告げてみる。


「ええ、問題ないわ。今回は、ルバイン殿下にディアナを庇う気力をなくさせるのが目的だから」


 そのあとに、ディアナを糾弾するつもりだと私はうそぶく。


「まあ、そうでしたの! さすがレティシア様」

 メーベルは嬉しそうに、にこにこと微笑む。


 メーベルとビアンカって、何かと私を焚きつけるのよね。ゲームでもそういう役割のキャラではあったけど。


 この姉妹は、自らがディアナに何かするということはない。いつだって、ディアナをイジメるのは私だ。


「それじゃあ、私は行ってくるから、あとのことは頼んだわよ」

 私は教室を出て、西棟に向かう。


 うまくディアナを捕まえていてくれるといいんだけど……


 というのも、ディアナは魔法が使える者だけで構成された特別クラスで、私たちとは棟が違うからだ。おまけに彼女の周りには、イケメン騎士ナイトが張り付いている。


 え、なぜ私には魔法が使えないのかって? それはね、この世界で魔法を使えるのは、限られた貴族だけとなっているから。それがゲームの設定で。


 お陰で私は、教養を身につけるための普通クラス。国政についての授業では、何度欠伸を噛み殺したことか。


 もともと戦闘なんてない乙女ゲーム。ただストーリーの設定上、


 一、国に災いが迫るとき、救いの聖女が現れるという伝承がある。

 二、攻略対象とディアナが、来る国の災いに備え、力を合わせて魔法の技術を高める訓練をする。

 三、その中で恋が芽生えていく。


 という要素が必要なわけで。


 現に私がプレイしてきた中では、魔物が画面に出てきたことはなかった。平穏に逆ハーレムを満喫できる乙女ゲームなのだ。


 とはいえ、ドクロステージという未知な展開がある以上は、油断できないけれど。


「ルバインは、もう来てるかな?」


 呼び出した西棟の裏にやって来た私は、すぐには姿を現さず、壁に隠れてルバインの様子をそっと窺い見る。


 浮かない顔してるな、二人とも。


 ルバインは木によりかかり、ズボンのポケットに手を突っ込んでいる。俯き加減で、風に揺れる草花を見つめていた。

 ノーランはそんなルバインの横顔を、心配げに見つめている。


 イケメンの哀愁漂う姿って、眼福よね~。


 ルバインの髪は濃い紫色で、目は紺色。子どもっぽさを残した、やんちゃな青年といった感じだ。そのくせさみしがり屋な一面を持っていて、ノーランはそんなルバインを放っておけないのだと私は思っている。

 二人はルバインがまだ平民だったころからの幼馴染みだから、絆が深いのも納得だ。


「そろそろ行かないと、帰ってしまうかも」


 ルバインは私が姿を見せないことにイライラしてきたのか、つま先で地面を叩いている。


 王子相手でも、まだ悪役としては待たせるくらいしないとね。


「ごきげんよう、ルバイン殿下」

 私は頃合いを見計らって、澄ました顔で二人に近づいていく。


「人を呼び出しておいて、呑気なものだな」

 ルバインは「ふん」と鼻を鳴らし顰め面だ。


「私を待っていられるなんて、光栄なことじゃない。あなたと違って、私には高貴な血が流れているのだから」


 言外に、庶子のルバインとは違うのだと仄めかす。彼も感じ取ったようで、奥歯をぎりっと噛み締めた。


「あら、言い返してこないの?」


 私が挑発しても、ルバインは無言だ。甘んじて罵られる覚悟なのだろう。


 何か言い返してくれないと、会話がヒートアップしないんだけどな。


「そんなことだから、家臣にすら認めてもらえないのでは?」


 私はルバインの癇に障ることを知っている。彼は出目にコンプレックスがあるが故に、承認欲求が強かった。

 案の定、ルバインのこめかみがぴくぴくしている。 


「お前に……お前に何がわかる!」

「わかるわけないでしょう、卑屈な人間の気持ちなんて」


 ルバインは拳を握り、必死に怒りを抑えている。ノーランも歯を食いしばり、私に掴みかかりたい衝動を抑えているように見えた。


「俺は卑屈ではない! 周りが勝手にそう見てくるだけだ」

「勝手に見てくる? そうかしら。その要素が、あなたにあるからじゃないの」


 第二王子のヴィクトルとは、同い年。何かと比べられているはずだ。


 国王も大概よね。人はいいけど流されやすい性格がたたって、王妃の妊娠中に使用人に絆されるなんて。


 ルバインの母親は、農家である実家を支えるために、城の使用人として住み込みで働いていた。けれどルバインを身ごもったことで城にいられなくなり、実家に戻った。


 しかし五年前、母親が病で他界。ルバインは城に引き取られることになった。当然、ルバインは色眼鏡で見られ、肩身の狭い思いをしてきた。


 加えて三人の王子の中で、一番魔力が弱いことも、ルバインの抱える苦悩を増しているのだと思う。


 自分の居場所の確立──


 なんとか認められたいと足掻くのが、ルバインというキャラだ。


「違う! 何をやっても、認めようとしないのはあいつらだ」


 失敗すれば、ほら見たことかと蔑まれる。ルバインは悔しげに、拳で幹を殴りつける。


「弱虫。失敗が怖いから、最近は大人しくしているのね」


 私の一言に、堪忍袋の限界が先に来たのはノーランだった。大きな身体を、一歩私に近づけてくる。


「待て、ノーラン」


 ルバインは前進するノーランを手で制し、「失敗し、笑われたことのない人間にはわからない」と、絞り出すような声で呟いた。


 彼のその言葉は、パン職人としての道を極めようとする私にとって、理解し難いものだった。


「何を勘違いしているのかしら。あなた、失敗をなんだと思っているの」


 自慢じゃないけど、私は失敗の連続よ! だけど、めげたりしないわ。だって、誰も考えつかない新しいパンを作りたいんだもの。


 新しい発見がないかと、試作したパンは失敗の嵐。特に納豆を生地に混ぜ込んで焼いたのは大失敗だった。


 トーストに乗せて食べるのがありなら、いけると思ったんだけどな。


 お母さんは呆れていたけど、次へ繋がる失敗だって言ってくれて。


「……? 失敗しない人間との差を、思い知らされるだけだろう」


 能力がないから失敗する。そして庶子だからとバカにされる。俯くルバインの横顔は、苦しげだった。


 ルバインに足りないのは、自信なんだよね。


 本来なら、ディアナがその自信を取り戻させてくれるのだが。


 今回のその役は、ノーランにやってもらわなきゃ。そうすれば、晴れて二人は結ばれる!


「はぁー、呆れた。だから卑屈だっていうのよ。いい、よく聞きなさい。失敗するということは、それだけ新しいことにしているってことよ!」


 人差し指を突きつけ、そんなこともわからないのかと見下す。

 いつも通りのことを熟すだけなら、余程のことがない限り失敗などしないだろう。 しかしその代わり、新たな発見も、進歩もない。


「な、何よ──」


 ルバインは目を見開き、つきものが落ちたような呆けた顔をしていた。

 さすがに王子相手に言い過ぎたかと、冷や汗が背中を伝う。


「挑戦……か」

「そうよ。失敗を恐れて挑戦しない連中は、ただの小心者ってことよ。今のルバイン殿下も、そのうちの一人ですわね。のせいにして、逃げているのだから」


 私は仕上げとばかりに、バカにするように「お~ほっほっ」と高笑いする。


 さあ、ここよ! ノーランの出番よ! 『殿下がやろうとしていることは、素晴らしいことです。自信を持ってください。私があなたを、お支えしますから』って言って、手を握り見つめ合うところよ!


 私はどきどきしながら次の展開を待った。

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