第7話 どっちが……夢?

「おい、お前たち。コンラッドを愚弄ぐろうすることは、この私が許さない」


「ヴィ、ヴィクトル殿下──いえ、その、愚弄だなんて。少し助言をして差し上げただけですのよ」


 ジェイミーたちは、じりじりと後退り、きびすを返すと一目散に逃げ出していった。


「ヴィクトル……僕──迷惑になっているとは知らず、頼ってばかりでごめん」

 コンラッドは目を潤ませ、ヴィクトルを見上げている。


 ここは大事な場面よ、ヴィクトル!


 ジェイミーたちが立ち去ったあと、私はじわじわと二人に近づいていく。


「もう迷惑をかけないようにするから、安心して。明日からの剣術は、ライナスとペアを組む──」

「ダメだ! 私から離れるなど、許さない」


 ヴィクトルはコンラッドの言葉尻を遮り、小柄なその身体を胸に包み込んだ。


「え……ヴィクトル?」

 コンラッドは頬を朱に染め、戸惑っている。


 胸キュ~ン。


 いいのよ、コンラッド。もう誰にも遠慮することはないわ。あとは「ずっと好きだった」って言うだけよ!


「コンラッドは、私のことが嫌いか?」


 切なげに、ヴィクトルは自分の腕の中に捕らえたコンラッドを見つめた。


「嫌いだなんて、あるはずない。僕……今まで感じていた胸のモヤモヤがなんなのか、はっきりわかったよ。僕は、ヴィクトルが好きなんだ」


 だからディアナと親しくするヴィクトルを見ると、胸が苦しかったのだとコンラッドは吐露する。


「コンラッド──私は君がそばにいてくれることを、当然だと思っていた。失いそうになって初めて気づくとは、情けない」


 腕を緩めたヴィクトルだったが、コンラッドの腰に手を回し身体は離さない。


 眼福よ、眼福! 


 こんなに間近で、イケメン同士の絡みが見られるなんて最高だ。


 ヴィクトルは金髪の碧眼で、長い髪を後ろで緩く束ねている様が知的なイケメン。対するコンラッドは小柄で、ふわりとした山吹色の髪に、深い緑のくるりとした大きな目の可憐な青年だ。


 絵になるわ~。カメラがあったら撮りたい萌え場面よ!


「夢でも見てるのかな、僕。ヴィクトルにそんなことを言ってもらえるなんて」


 ごめんね……なのは否定できないの──


 これは私の見ている、願望まみれの夢なのだ。


「夢ではない。コンラッド、これからも変わらず、私のそばにいてほしい」

「嬉しい。嬉しいけど、いいのかな。僕たちは男同士──」


 はい、来たー! 定番の台詞ね。


 相手は一国の王子。身を引くべき、そう考えるのはよ~くわかるわ。ここは私の出番よね、うん、任せて! 悪役らしく、決めてみせるから。


「そんなことで諦めるの? バカげているわ。性別が何? 愛より勝るものなの?」


 ゆっくりと二人の目前まで歩み寄った私は、腰に手を当て尊大な態度でもの申す。


「簡単に言わないでよ。彼は王族。男爵家の次男の僕とは、立場が違う」

 コンラッドは眉根を寄せ、私を睨んでくる。


 普段は気弱なコンラッドなのに、ヴィクトルのこととなると人が変わるなんて、愛だわ。


「愛する人も幸せにできない地位なんて、私だったら捨てるけれど。ヴィクトル殿下は臆病なのね。王子という権力にしがみついていないと、何もできないようだわ」


 私は皮肉な笑みを浮かべ、ヴィクトルを煽る。


「な、何を言う! 私は臆病ではない。周りがなんと言おうと、コンラッドを離すつもりはないし、認めさせてみせる」


 キャー、素敵! その意気よ、ヴィクトル!


「あらそう。口だけで終わらないよう、精々足掻いてくださいな。お二人がどうなろうと、私には関係ないですから。でもそうね、もしあなた方が、誰から見ても幸せで、で国が豊かに発展していくようなことがあれば、『おめでとう』くらい言って差し上げてもよくってよ。無理でしょうけど」


「──なるほど……やるぞ、コンラッド。レティシアに『おめでとう』と言わせてやろう」

「そうだね、ヴィクトル」


 私の罵り混じりの激励に、二人は顔を見合わせ頷き合う。深まった絆に、私は大満足だ。


「どうぞご勝手に。私は帰るわ」

 見つめ合う二人を置いて、私はその場を離れた。


 う~ん、満足満足。もう、いつ目が覚めても悔いはないわ。


 歩きながら、天に向かって手を伸ばしていると、前方に冷ややかな顔をしたクリストフが立っていた。


 なんでこんな所に? 今日は来る日だったのかな。


 クリストフは二十一歳で、もう学園の生徒ではない。けれど、優秀な氷属性の使い手で、魔法の自在性について教える講師として、週二日ほど学園に来ている。


「随分な奇行だな」

 足を止めた私への第一声。


 怖い、なんでそんなに睨むのよ。あなたには何もしてないじゃない。


「な、なんのことでしょう?」


 とぼけてみせると、クリストフはそれ以上何も言うことなく、背を向け去っていった。私も寮に向かって再び歩を進める。


 なんだったの? 夢の中でまで、クリストフは難解なのね。まあいいけど。


 私の願望でもあった二つのカップルも誕生したことだし、十分この乙女ゲームの世界を堪能させてもらった。


 うー、なんだか無性にパンが作りたくなってきた。

 私、寝過ごしてるみたいだから、早く起こしに来てくれないかな、お母さん。焼きたてのパンも食べたいよ~。


 実は食事時に、この世界のパンを食べたのだ。シンプルな丸いパンで、少し硬かった。不味いとは言わないけど、素朴というかなんというか。

 思い返してみると、ゲーム中、食事の場面は殆ど登場していなかったように思う。たまにお茶をしている場面があったけど、お茶請けはクッキーかカップケーキだった。


 そんなことより、夢なのに味覚があるって凄くない? 目が覚めたら、夢についてネットで調べてみようかな。


 そんなことを考えながら、寮に着いた私が階段を上がっているときだった。


「レティシア様! お帰りなさい」


 下から声がかけられる。この声は、メーベルだ。まだ学園にいたなんて、何をしていたのだろう。


「どうかしたの、メ──!」


 階段の中ほどで振り返った私の視界がぐらりと揺れる。

 振り返った拍子に、ヒールの踵部分が折れてバランスを崩してしまったのだ。


 お、落ちる──‼


「キャー、レティシア様!」

 両手で頬を挟み、メーベルが悲鳴を上げている。


 ──なんてツイてないの、私。


 宙に投げ出された身体を捻り、掴まれる物はないかと足掻く。けれどそんなものはなく、身体は階段を転げ落ちていく。回る天井と、背中への衝撃。

 その様が、私にはスローモーションのように目に映る。


 寝覚めが悪そう── 


 でも……あ……れ──? この景色、この感覚、どこかで……


「うっ──!」


 頭に強い衝撃を受けた瞬間、フラッシュバックしてきた映像があった。


 この記憶……この記憶って──

 どっちが……夢?


 私は混乱のまま、意識を失った。

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