第6話 なんて鼻持ちならない女なの、私

 翌朝、まあまあ体調のよくなった私は、学園へ行こうかどうか迷っていたのだけど、私を心配してメーベルとビアンカが様子を見にきてくれて。


「おはようございます、レティシア様。お加減はいかがですか?」


「心配かけたわね。もう大丈夫だから、今日から学園に行くことにするわ。わざわざお見舞いにきてくれて、ありがとう」


 ここは学園の寮。メーベルとビアンカは寮には入らず家から通っているから、わざわざ寄ってくれたのだ。


「いいえ、そんなことは……」

 二人が驚いたように目を丸くしている。


 え、もしかして……私がお礼なんて言ったから?

 

 それならばと、私は悪役令嬢のレティシア感たっぷりに、目を据わらせ決め台詞? を低い声で言ってみる。


「私がこんな目に遭ったのも、あの女のせい──ただではおかないわ」


「そうですとも! あの平民のディアナ──忌々しい。聖女だからって、レティシア様の婚約者、ルバイン殿下をたぶらかすなんて許すまじ、ですわ」


 メーベルが鼻息荒く捲し立てる。


「身の程をわきまえさせてはいかがです? レティシア様」


 あれ? この展開は、利用できるのでは。


 状況は違うけど、ビアンカの台詞は私がルバインに婚約破棄されたあとのイベントに繋がるもので。


 そのイベントとは、婚約破棄の腹いせにディアナを糾弾しているところに、ルバインが駆けつけてくるというものだ。


 騎士ナイトよろしくディアナを背に庇い、私を引かせようとするも……それが火に油を注ぐことになってしまって。


 激高した私は、王子であるルバインをも罵り心を傷つける。

 そして、目に翳りを浮かべるルバイン──


 そんな彼をディアナは盾になって、私から守ろうとするの。決め台詞のキーワードは、「血筋なんて関係ない」だ。


 このイベントで完全にルバインは、ディアナに惚れるわけだけど……その様子を、切なげにノーランが見ているのよ。あれは絶対、ルバインを諦めなければって顔だったわ! 待っててね、ノーラン。私があなたの恋を実らせてあげるから。


「あ、あの、レティシア様、鼻息が荒いようですけど大丈夫ですか?」


 はっ、いけない、つい興奮してしまった。


「気にしないで、ディアナを貶める方法を考えていただけだから。二人にも協力してもらうわよ」

「はい、お任せください、レティシア様」


 私はにやけそうになる口元を隠しながら、学園に行く支度を始めた。


 ∞∞∞


「ちょっとノーラン、話があるのだけど」


 学園に赴いた私は、廊下で待ち伏せして彼が教室に入る前に呼び止める。


 本来、王立学園は貴族の子息や令嬢しか入学できないのだが、ノーランは平民でありながら、ルバインの側近候補ということで特別に通うことを許されていた。


 うわ~、間近で見ると、ワイルドでかっこいいな~。


 ノーランはワインレッドの短髪で、百八十センチを越える長身だ。おまけに剣術に長けていて、鍛えられた肉体美は彫刻のようだ。


 うん、制服も似合ってる。


 王立学園の制服は、詰め襟のジャケットがエンジ色で、ズボンは黒。ジャケットの合わせ部分に金色の刺繍が施されていて、おしゃれな制服だ。ちなみに、女子には制服がない。家の財力に合ったものを着ている。


 私はというと、髪色が暗いのに、ドレスまで濃紺で暗いなんて、悪役感が半端ない。


「何でしょうか、レティシア様」

 ノーランが胡乱な目で私を見てくる。


 彼は私のルバインに対する態度に反感を抱いていて、それは態度にも表れていた。


「昨夜、私は恥を搔かされたのよ。この怒りが、一晩やそこらで収まると思っているの」


 強めの口調で言うと、ノーランは「自業自得だろう」とぼそりと零す。


「何かおっしゃったかしら?」

「いえ、何も。それでお話とは?」

「今日の放課後、学園の西棟の裏に、ルバイン殿下を連れてきてちょうだい」


 西棟の裏──そこは滅多に生徒が寄りつかない場所だった。ゴミの焼却炉があり、悪臭が漂っているからだ。なぜ私が知っているのかというと、もちろんプレイしたから。この場所はディアナを呼びつけたレティシアが、生ゴミを浴びせた場所なのだ。


 エグいことしてごめんなさい。


 プレイしていたときの私は、当然ディアナ視点なわけで。あのときは、思わず自分の腕の臭いを嗅いでしまったっけ。


「……なぜでしょう」

 ノーランは警戒を露わに私を睨む。


「なぜ? 立ち直れないほどの罵声を浴びせたいからに決まっているでしょう。でないと、腹の虫が治まりませんわ」


 なんて鼻持ちならない女なの、私! でも、これくらいしないとルバインに対して引いている一線を越えられないと思うの。


「なっ──お断りします!」


 うわっ! 肩を怒らせちゃって、なんて迫力なの──


 ルバインのことは自分が守る、そんな闘魂の炎が身体から立ち上っているみたいだった。


 そうこなくっちゃ!


「あら、いいの? これを最後に、殿下とは一切関わらないつもりだったのに」


 私は片方の口角を上げ、にやりといやらしい笑みを作る。


「それは……どういう──」


 ノーランが疑わしげに目を眇める。だから私は、丁寧に説明してあげた。

 もともと、ルバインを好きなわけではないから、婚約を解消されたところで痛くもかゆくもないと。

 ただ、言い出したのが私でないことが腹立たしいだけ。だから言いたいことを言ったら終わりにするつもりだと伝えた。


「────」


 長い沈黙。俄には信じられないと、ノーランのじっとりとした目が訴えてくる。


 そうよね、そうなるよね、私は信用ないから……


「信じないというなら……これからもネチネチと嫌がらせするけどいいのかしら?」


 私はにやりと笑い、意地の悪い顔をする。


「そ、それは……わかりました、今回は信じることにします」


 ノーランは苦渋の選択を迫られたような表情で、私の要求を受け入れた。


 威力抜群なのね、私の脅し文句って……というか、好感度が爆下がりな気が……。でも仕方ないのよ。カップリングが成功するまでは。


「ではお願いね。もちろん、周囲に気づかれないように。あなただって、殿下が罵られる姿を、他人に見られたくないでしょう?」


 私を見るノーランの目は、醜悪な人間を見るような目だった。


 ごめんね、ノーラン。でも、あなたの恋が叶うのよ! だからもう少しだけ、我慢してね。

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