第6話 もう一組、くっつけちゃおう

 願望どおり、ルバインとノーランをくっつけた翌朝。


 目覚めた私が目にしたのは、パンの香ばしい匂いが漂う我が家の木目調の天井ではなく、白い天井だった。


 夢の中でも寝るって……随分と長い夢を見てるけど、私、そろそろ起きなくて大丈夫なのかな。


 そう思うものの、お母さんが起こしに来ないところをみると、まだ夜明けを迎えていないのだろう。


 だったら──


 もう一組、くっつけちゃおうかしら!


 思い立ったらじっとしていられなくて、私は朝食もそこそこに、学園に向かったのだが。


 どうやってあの二人をくっつければいいのよーーー!


 授業の間、ずっと考えていたけど、結局思いつかないまま放課後を迎えてしまった。


「さすがにもう、時間切れよね」


 メーベルたちと別れたあと、私は肩を落とし独りごちる。

 いくらなんでも、もう目を覚ますころだろう。


 この乙女ゲームの世界ともさよならか……もう少し、楽しみたかったな。


 また同じ夢が見られたらいいけど、そう都合良くはいくまい。


 名残惜しいな~。あ、そうだ、記念に学園内を散歩しておこうかな。


 確か中庭に、綺麗に咲き誇るバラ園があったはずだ。

 私は寮へ向かっていた足を止め、方向転換する。


 急がないと、目が覚めちゃうわ。


 早足で中庭に向かっていると、硝子張りの温室が見えて来る。


「えっと……入り口ってどこかな」

 辿り着き、温室の周りを歩いているときだった。


「いい加減、ヴィクトル殿下を頼るのは、やめていただけないかしら」


 苛ついている女の声が聞こえてきた。その声は、私のいる場所の反対側からするようで。 

 

 私は身を屈め、反対側に回り込む。そっと覗き込むと、三人の令嬢に囲まれたコンラッドの姿があった。


「え、僕はそんなことをしているつもりはないんだけど……」

 戸惑いの表情で、コンラッドは弱々しい声で答えている。


 あの令嬢は、確かジェイミー・ワグナー。伯爵令嬢だ。私ほどではないけど、ディアナを敵視しているキャラだ。


 あれ? この場面……そういえば言いがかりイベントよね? 私があの場にいないけど……


 本来なら、言いがかりをつけられているのはディアナで、庇うのはルバインのはずなのだが。


 これって、私がルバインとノーランをくっつけたから? じゃあ、コンラッドは代役って感じなのかな。


 やったー、さすが私の夢!


 ヴィクトルとコンラッドをくっつけたいって考えていたから、こんな展開の夢を見てるのね。となれば、呑気に盗み見てる場合じゃないわ。ヴィクトルを連れて来ないと!


 私は校舎に向かって走り出す。


 まだヴィクトルが帰ってなければいいけど。

 あー、もう! 走りにくいな。


 私は長いスカートをたくし上げ、校舎に続く小道を駆ける。すれ違う生徒たちが、ぎょっとしたような顔をしているけど、そんなことはお構いなしだ。


 よかった、間に合った!


 校舎から出て来たばかりのディアナを挟むように歩く、ライナスとヴィクトルの姿を見つける。


 さすが特別クラス、勉強熱心なのね。授業が終わった途端帰る私とは違うみたい。ルバインとノーランの姿がないのは……私のせいだったりする?


「ヴィクトル殿下、ちょっと来てくださる!」


 彼の前に立ちはだかった私は、有無を言わさずヴィクトルの手首を掴む。


「な、何をする、レティシア。放せ!」

 顔を歪め、嫌悪を隠しもしない。


 まあ、ヴィクトルからしてみれば、暴挙よね。


「いいから早く!」

 力任せに手を引くと、仕方ないといった態度で歩き出す。


「もう! 急いでください。ヴィクトル殿下のせいで、が大変なのですよ。ほら、走って走って!」


 ヴィクトルの手首を放し私が走り出すと、彼も釣られて走り出す。コンラッドの名前を出したことが、功を奏したのかもしれない。


「おい、私のせいとはどういう意味だ」

「殿下が曖昧あいまいな態度だから、コンラッドが言いがかりをつけられているのです」

「言いがかり? 態度が曖昧? ますますわからない」


 遠回しに匂わせるには、時間がない。直球でいくことにしよう。


「殿下はコンラッドのこと、お好きでしょう? 早く意思表示しないと、取られてしまいますよ。あんなに可愛らしい方、他の男が放っておかないでしょうから」


 これは私の夢だから、二人が相思相愛なのは確定なのだ!


「他の男って……さっきから何を──」

「しっ──」


 足を止めた私はヴィクトルの口を手で塞ぎ、耳を澄ませる。


 よかった、まだ言いがかりイベントが続いてる。


「もっとしっかりしてちょうだい。あなたがそんなだと、お優しいヴィクトル殿下は恋もできないじゃないの」


 コンラッドは傷ついたように、眉を八の字にして俯いていた。


「そういうところよ。自分では何も判断できないし、試験前はヴィクトル殿下にお手間取らせて。あなた、自分で勉強もできないの」


 ジェイミーの罵りに、「そうよそうよ」と二人の令嬢が同調する。


「それに先日は、剣術の鍛錬でヴィクトル殿下と剣を交えたそうだけど、あなたが相手では鍛錬にならないじゃないの。殿下がお気の毒だわ。ねえ、なんとか言いなさいよ。情けない男ですこと」


 意地悪な令嬢ね、って、レティシアも端からみると、あんな感じなのよね。


「レティシア、今日ばかりは礼を言う。知らせ、感謝する」


 ヴィクトルは眉間に皺を寄せていて、握った拳はプルプルと震えていた。


 うわ~、怒ってる、めちゃくちゃ怒ってるわ。まあそれはそうよね、想い人なんだし。うんうん、ディアナへの思いは錯覚。コンラッドに向ける感情は友情ではなく恋愛感情! さあ、自覚して告白するのよ、ファイト~!


 コンラッドに向かって歩いていくヴィクトルの姿を、私は胸を高鳴らせ見送った。


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