第4話 予期せぬ訪問者
翌日、夕刻になってもまだ熱は下がることなく、私はベッドから起き上がれずにいた。
「レティシア様、お加減はいかがですか?」
「水を──」
そう答えると、ルーシーが吸い飲みを口元に当ててくれる。
「何か召し上がれそうですか?」
「いらないわ」
昨晩から何も食べていないけど、食欲が湧かない。それにまだ、頭に靄がかかっているようで、思考は鈍ったままだ。
「スープでも、喉を通りませんか?」
「気遣いありがとう、ルーシー。でも本当に、何もいらないわ。それより、あなたも疲れているでしょう? いいのよ、休んでも」
昨晩からずっと看病してくれているルーシーは、目の下にうっすら隈があり、疲労の色が窺える。
「いいえ、熱が下がるまでは」
「もう大丈夫よ。お医者さまも、そう言っていたでしょう」
お医者さまの話しでは、頭を強く打ち付けたせいだろうとのことで、安静にしていればその内に熱は下がるだろうと説明があった。
私的には、熱の原因は闇に打ち勝ったものの、前世の自分と今世の自分、両方の記憶があることで、魂が混乱しているのではないかと思っている。
どうやって打ち勝ったのかって?
それは……私にもよくわからなくて。ただ、朝になり目が覚めたとき、優衣が前面にいたから勝てたのかなって思っただけで。
「そうはおっしゃいますが、まだお一人では起き上がれないのですよ」
「それは、身体に力が入らないだけよ」
幸いなことに、骨に異常はなかった。とはいっても、打ち身による痛みが肩や足腰など、身体の至る所にはあるけれど。
「だったら、仮眠だけでもとって。ルーシーに倒れられたら、それこそ私が困るのよ」
「レティシア様……」
急に気遣いを見せ始めた私に、ルーシーは夢でも見ているのでは? という呆けた顔をしている。
「あのね、ルーシー。私──」
これまでの非道を謝ろうとしたときだった。ドアがノックされ、「クリストフだ。レティシアに面会できるだろうか」と声がかけられる。
「レティシア様、いかがなさいますか」
なぜクリストフが? とは思うものの、これから関係を修復していきたい私は、部屋に通すことにした。
「レティシア……」
ベッドに近づいてきたクリストフは、無表情で私を見下ろしていて感情が読み取れない。
本当に氷の王子様ね。私のこと、嫌っているのにどうして来たのかしら。
昔から、クリストフの私を見る目には、近寄りがたい冷たさを感じることが多くあった。あの悪役ぶりでは、無理もないことだけど。
「このような姿で、申し訳ありません」
王子を前に、パジャマ姿だ。
「いや、気にする必要はない」
そう言ってクリストフは、徐ろに白い手袋を外し、熱で火照った私の頬にそっと手の甲を当てた。
な、何⁉ ちょっと、どきどきしちゃうじゃないの!
でも……ひんやりして、気持ちいい手──
そう思った途端、なぜか急に胸が締めつけられる。おまけに熱が上がったのか、顔の火照りが増す。その様子にクリストフは何を思ったのか、「口を開けろ」と言う。戸惑い迷っていると鋭く睨まれてしまい、私は恐る恐る口を開けた。
「これでも口に入れておけ」
クリストフは指先から、球状の物体を出現させた。それを私の口に含ませる。
「ん──ちゅめたい……」
それは氷だった。
そっか、クリストフって、氷属性だものね。
次いでクリストフは、水の入った容器にも氷を出現させる。
それを見たルーシーは、私の額に乗っているタオルを取り、冷たい水に浸した。
あぁ……生き返る。
額に乗せられた冷たいタオルに、私は顔を綻ばせる。
「クリストフ殿下、ありがとうございます」
「っ──! どうした、レティシア。熱でもあるのか……いや、熱はあるんだが」
微笑んでお礼を言っただけなのに、クリストフははっとしたように目を見開いた。
私が素直だと、そんなに驚くの?
改めて自分がどう思われているのかを突きつけられる。
「私はこれで失礼する」
私が自嘲のため息を漏らすと、クリストフはすぐに真顔に戻る。そしてもう用は済んだとばかりに部屋を出ていってしまった。
何しに来たのかしら……? あ、もしかして、私に氷を?
それだけの理由で、わざわざ寮に来てくれたなんて。
でもどうして……
悪役令嬢とはいえ、病人には優しくなれる。そういうことだろうか。
「お優しいですね、クリストフ殿下」
「そうね──」
乙女ゲームでは難攻不落なクリストフだったけど、これからは少しずつ、打ち解けていけるといいな──
そんなことを考えながら、私は知らずうつらうつらと、また眠りに落ちていった。
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