第2話 夢なんだし……いいよね!

「っ──⁉」

 身動みじろぐと、ズキンと痛みが走った。


 痛……い。頭がすっごく、痛い。


「レティシア様! 気がつかれてよかった──」

「ん……?」


 耳慣れない声にゆっくりと目を開けると、白い天井がぼやけて見えた。何度か瞬きを繰り返すと、次第に鮮明に見えてくる。


 あれ? うちの天井って、こんな色だったかな。それにこのベッド、いつもより寝心地がいい気もする。


 ベッドに寝ているのはわかる。でも、寝過ごすといつも私を起こしに来てくれるのは、お母さんだ。なのに、傍らから聞こえてきた声は、誰のもの?


 声のした方に視線を向けると、私を見下ろす同じ顔が二つあった。漆黒しっこくの髪を二つに分けて、高い位置で束ねたツインテールだ。


 私はまだぼんやりする頭で考える。


 この顔、見たことあるんだけどな……あ、このキャラって!


 目の色でしか見分けられないほどそっくりな双子で、レティシアの取り巻きだ。


 黄土色の目をしているのが姉のメーベルで、宝石のペリドットのような緑の目が妹のビアンカ。


 でもどうして……さっき私、って呼ばれなかった?


「何がどうなって……」

 私は戸惑いの声を漏らす。


「昨夜、舞踏会から寮に戻る途中、馬車の車輪が突然外れて──」

 

 メーベルが言うには、その衝撃で私は頭を打って脳しんとうを起こしたのだという。


 え、馬車? そんなものに乗った覚え、ないんだけど。

 確か乙女ゲームをしていて……もう寝なきゃって、電気を消して──


 あ、これは夢なんだ。きっとゲームの続きの夢を見ているんだわ!


 ゲームの世界に入れたらなって思ったりしたからなのか、寝る前に『選択A』の颯爽さっそうと会場を去る、を選んだからなのか。


 それにしても事故に遭うなんて、レティシアの日頃の行いが悪すぎて、私の潜在意識がこんな展開の夢を見せているのかも。


 たまにあるのよね~、あ、これは夢だなって思いながら見てること。面白いわよね、脳ってどうなってるのかしら? 


 でも、よりにもよってレティシア視点ってどうなの? ここはディアナでしょ! それでもって、難攻不落なクリストフを攻略すべきなのに。


 はっ、でも……レティシアとして、私の願望まみれのカップリングをするのもありじゃない? 


 夢なんだし……いいよね!


 夢なのにズキズキと頭は痛むけど、私はベッドから起き上がる。すると、ティーセットの乗ったワゴンを押しながら女の子が近寄ってきた。


「お二方は、レティシア様を心配して、学園に行く前に様子を見に来てくださったのです」


 あ、この表情に乏しいお団子頭は、レティシアの専属メイド、ルーシーね! へー、こんな声なんだ。トーンまで平坦なのね。


 茶色の髪に、赤茶色の目。美人ではないけど、笑えば愛嬌のある顔立ちだと思う。思う……というのは、ルーシーが笑う場面は、ゲーム内で見たことがないから。まあ、それも頷けるけど。


 何せレティシアの専属メイド。罵声を浴びせられるなんて日常茶飯事。そんな中で、笑顔なんてできないだろう。


 可哀想なキャラよね、ルーシー。


 彼女は仕事と割り切って、性格の悪いレティシアに仕えている。実家が貧しくて、十六歳になって間もなく、家族のためにメイドとして黙々と働くという設定なのだ。


「メーベル、ビアンカ、心配かけたわね。それに、わざわざお見舞いまで、ありがとう」


 ここは学園の寮なのよね。となると、寮には入らず家から通っている二人は、わざわざ寄ってくれたということになる。


「いいえ、そんなことは……」

 二人が驚いたように目を丸くしている。


 え、もしかして……私がお礼なんて言ったから? なんてリアルな夢なの。これも日頃、ゲームにいそしんできたたまものかな?


 それならばと、私は悪役令嬢のレティシア感たっぷりに、目を据わらせ決め台詞? を低い声で言ってみる。


「私がこんな目に遭ったのも、あの女のせい──ただではおかないわ」


「そうですとも! あの平民のディアナ──忌々しい。聖女だからって、レティシア様の婚約者、ルバイン殿下をたぶらかすなんて、許すまじ、ですわ」


 メーベルが鼻息荒く捲し立てる。


 これは舞踏会で婚約破棄を言い渡されたあとの続きなのよね?


 だとしたら── 


「身の程をわきまえさせてはいかがです? レティシア様」


 やっぱりこうくるのね。


 この台詞は、状況は違うけどBを選んだときもあった。ということは、あのイベントもあるのかも。


 そのイベントとは、レティシアがディアナを糾弾きゅうだんしているところに、ルバインが駆けつけてくるというもので。


 騎士ナイトよろしくディアナを背に庇い、レティシアを引かせようとするのだが……それが火に油を注ぐことになってしまって。


 激高したレティシアは、王子であるルバインをも罵り心を傷つけるのだ。


 目に翳りを浮かべるルバイン──


 そんな彼をディアナは盾になって、レティシアから守ろうとするの。決め台詞はなんだったかな……確か血筋なんて関係ない、的な感じだったと思う。


 このイベントで完全にルバインは、ディアナに惚れるわけだけど……その様子を、切なげにノーランが見ているの。


 あれは絶対、ルバインを諦めなければって顔よ!


 待っててね、ノーラン。私があなたの恋を実らせてあげるから。

 う~、早く学園に行きたい。夢が覚めてしまう前に、カップリングしなきゃ。


「あ、あの、レティシア様、鼻息が荒いようですけど大丈夫ですか?」


 はっ、いけない、つい興奮してしまった。


「気にしないで、ちょっと方法を考えていただけだから。二人にも協力してもらうわよ」


「はい、お任せください、レティシア様」

「では手筈てはずは後ほど」


 私はにやけそうになる口元を隠しながら、学園に行く支度を始めた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る