好きなのに

久しぶりに自分のマンションに戻った涙は荷物の整理を始めた。

今までの愛人に買ってもらった高級ブランドのバックや靴、洋服を全部箱に詰めた。

一通り荷物をまとめると、涙はLacocoに向かった。


「涙さん、お体、大丈夫ですか!?」


未有が嬉しそうに寄ってくる。


「うん。もう大丈夫よ。ありがとね。」


紗友美が奥から現れる。

涙は、紗友美と休憩室に入って行った。


「涙ちゃん、ありがとう。行ってくれる事になって、助かるわ。」

「いえ。あたしなんかで良ければ、是非。」

「それで、日程なんだけど・・・急で申し訳ないんだけど、2ケ月後の10月にお願いしたいんだけど、大丈夫かしら。」

「大丈夫です。」


紗友美は微笑んだ。


「ゆくゆくは、フランスのお店は、涙ちゃんに任せたいと思ってるの。期待してるわね。」


涙も微笑んだ。


「でも、寂しいわね。涙ちゃん来てくれてから、何年たつのかしら。」

「専門学校卒業してからですから、9年ですね。」

「9年かぁ・・・実はね、今だから言えるけど、入ってきた頃の涙ちゃんは、容姿は可愛らしいのに、なんか暗くて、愛想も無くて、続くかどうか心配だったの。

それが、思ってた以上に頑張りやさんで、エステの技術もかなり向上したし、ここ数年で、別人のように、明るくなって、表情も柔らかくなって、なんか、あたしの目に狂いはなかったなって。

あなたを選んで、間違い無かったって心底思えるの。」


涙は照れながら髪を触る。


「そんな、あたしの方こそ、世間知らずのあたしを、ずっと面倒見て頂いて・・・」


涙はLacocoでの日々を思い出し涙が溢れた。


「本当に・・・ありがとうございました。」


涙は店を出た。

Kiritoに顔を出すが、笑輝は有給を取り休んでいた。

笑輝とはお互いに距離を取っていた。


――そろそろ、ちゃんと話さなきゃ。


涙はマンションに戻った。


◇◇◇◇◇◇


「どういう事なの?この手紙は本当なの?」


笑輝は実家にいた。

目の前には、母親が怖い顔をして座っている。

机の上には一通の手紙が置かれていた。

手紙の内容は、涙が様々な男と愛人関係を結んでいたという内容だった。


「お父さん宛に女の人が渡して行ったらしいけど・・・・嘘よね?これは、ただの嫌がらせよね?」


笑輝は黙っている。


「嫌がらせなら、なにか対策とらないと。こんなの名誉棄損もいいとこだわ。あんな良い子を、こんなふうに言うなんて。」


笑輝はゆっくりと口を開く。


「本当だと言ったら・・・?」

「え・・・?」


母は笑輝を見つめる。


「何が本当なの?」


笑輝は目をつむり、息を吐いた。


「涙が愛人をしていた事が事実だと言ったら、どうなるんだって。」

「・・・・!!」

「涙がやっていた事は、確かに社会的に良く思われない事だ。だけど、それは2人で同意しての事だし、みんなが知ってる涙は、優しくて、明るくて真面目な涙だ。」

「何を言ってるの!!」


母は声を荒げた。


「そんなの娼婦じゃない!!涙さんのやってる事は、売春婦と一緒なのよ!!!そんな人と大事な息子の交際なんて、認めるわけないじゃない!!」


こうなる事は、笑輝にもわかっていた。


「涙さんとは、すぐに別れなさい!!

今後一切、会う事は許さないわ!!」

「俺はもう27だ、誰と付き合って一緒になるかなんて、俺が決める!」

「バカな事言うんじゃないわよ!27で人生の何がわかるのよ!」


母は泣き崩れた。


「母さん、なんで泣くんだよ。」

「当たり前じゃない!情けなくて泣けてくるわよ!なんで大事な息子が娼婦なんかと・・・!」

「娼婦って、そんな・・・」

「女が知らない男に体を売るなんて、普通じゃできない事なのよ?

あなただって、何とも思わないの?自分の恋人が他の男に体を売るなんて!」


笑輝は何も言い返す事ができなかった。


実家を後にし、アパートに戻ると、玄関で、涙が待っていた。

笑輝は何も言わずに鍵を開ける。


「鍵持ってるだろ。入ってれば良かったのに。」


笑輝はキッチンで麦茶をいれる。


「なんの用事?退院の事も知らせないし。」

「ごめん・・・」

「・・・・」


笑輝はテーブルを挟んで床に座る。


「フランスに行くのか?」

「・・・・うん。行かせてほしい・・・」

「行かせてほしいって・・・どれだけの期間行くんだよ。」

「それは、わからない・・・・オーナーは、ゆくゆくはフランスは、あたしに任せたいって・・・」


笑輝は思わず笑う。


「それじゃあ、永住じゃねえか。」

「笑輝、あたし、このチャンスを逃がしたくないの。あたし、今までいい加減な人生を送ってきたけど、仕事だけは手を抜かずに一生懸命やってきたの。ゆくゆくは、自分のお店を持てるかもしれない、お願い。行かせてほしいの。」

「いい加減って、俺ともいい加減に付き合ってきたの?」

「それはない。笑輝の事は本当に大好きよ。だから迷って、言い出せなかった。」

「でも結局、俺じゃなくて、仕事を、自分のやりたい事を選ぶんだよな。」

「笑輝・・・」


笑輝はしばらく黙ったが、一生懸命、笑顔を作った。


「情けないかもしれないけどさぁ、俺、涙と結婚考えてたんだよ。仕事もようやく少しずつ任されるようになって、涙と2人で、ゆっくりのんびり、子供ができたら、家族で楽しく、平凡な家庭を築きたかったんだよ。

涙の夢は海外で自分の店を持つ事かもしれないけど、俺の夢は、愛する人と幸せな生活を送る事なんだよ。その為には、愛する人は、何があっても守りたいと思ってた。」


笑輝の瞳からは涙が流れた。


「笑輝?」

「でも、もうわかんねえよ。どうしていいのか。俺は、涙を守りたい、涙が悲しむ姿は、見たくない。フランスに行きたいなら、行かせてやりたいけど・・・でも、」


――涙とは別れたくないけど、俺とこのままいても、涙は辛い思いをするのか?


涙は、笑輝を抱きしめようと、手を伸ばす。


――自分の恋人が男に体を売っている。


笑輝はとっさに涙の手を払いのけた。


「さわらないでくれ。」

「笑輝。」


驚く涙。

笑輝も自分の言葉に驚いた。


「ごめん。でも・・・」


涙は自分を見る笑輝の表情で全てを察した。


「あたし、帰るね・・・」

「涙・・・ごめん!」


涙も笑顔を作った。


「笑輝が謝る事ないよ。謝るのは、あたしだよ。自分勝手な事ばかりやって。」


笑輝は潤んだ瞳で涙を見つめる。


「別れよう。あたし達。」


涙は涙を流しながら微笑んだ。



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