不釣り合い
「涙の母親?」
「うん。会った事ある?」
笑愛は笑輝の部屋を訪れた。
「会った事ないけど、どうして?」
「こんな事言うのは失礼だけど・・・ちょっと訳ありなのかなって・・・」
笑輝は考える。
「だいぶ前に涙から少し聞いた事ある。育児放棄っていうか・・・あまり手をかけられずに育ったって話・・・」
笑輝は続けた。
「そんな事聞いてくるなんて、姉さんも涙から何か聞いたの?」
笑愛は言い出しにくそうな顔をする。
「病室に来てたの。涙さんのお母さんが。」
「そうなの?」
「病室に来てたんだけど・・・涙さんを心配してるっていうよりは、なんか・・・言い合いをしてる声が聞こえて、すごい酷い事を言ってたの。」
笑輝はアイスコーヒーを一口飲む。
「どんな事言ってたの?」
笑愛は間をあけて答えた。
「なんで死ななかったの・・・って・・・適当に産んで死んでほしかったのに、なんで生きてるのって・・・」
笑輝の顔つきが変わった。
「あたし、怒りが湧いてきて、病室に入って、母親に帰るように言ったわ!!なんでそんな酷い事が言えるんだって!!頭にきて。
」
笑輝は唇をキュッと結び、何かをこらえるような顔をする。
「涙さん、悲しいというか・・・諦めたような顔してた。そして、うちの両親とは真逆の親だって言ってたわ。」
「そうか・・・」
笑輝は辛そうに呟く。
笑愛はそんな笑輝に気遣いながらも続けた。
「涙さんはいい人だと思う。可愛いし、優しいし、本当にあなたの事を愛してると思う。
でも・・・姉として言うけど・・・
涙さんとは別れた方がいいと思う。」
笑輝は少し驚いた顔で笑愛を見る。
「涙さんは、少し笑輝とは世界が違う気がするわ。母親の事もそうだけど・・・今回のストーカーの件も、ただの一方的に思われてのストーカーとは少し違うみたいだし、あくまで噂だけど・・・父さんや母さんにイロイロ思われる前に、別れた方が、あなたの為だし、涙さんも傷つけないで済むと思う。」
「姉さん、何言ってんだよ。涙と何回も会った事あるだろ。あの姿が涙の全てだよ。世界が違うってなんだよ。」
「涙さんはいい人よ。それは、わかってる。
だけど、この先どうするの?2人ともいい歳よ。付き合って終りじゃないでしょ?結婚するってなったら、絶対に涙さんの家庭環境を父さんも母さんも知る事になるわ。その時に、2人はどう思うと思う?総合病院の院長よ?簡単に許してもらえると思う?」
「俺が父さんと母さんを説得するよ。」
「なんて説得するの?涙さんの家庭には問題があるけど、それは関係ないっていうの?そんなふうに守られて、彼女が惨めにならないって思う?」
「総合病院って・・・それがなんだよ。そんなに偉いのかよ。」
「別に偉いとか、見下してる訳じゃないわよ。
でも現実は、涙さんは、周りから総合病院の息子の嫁って目で見られるの。普通の家庭で育った人なら、まだいいわよ。でも、死ねばよかったなんて、平気で言う母親に育てられた人よ。劣等感を抱かないとは思えない!」
はぁ。
笑輝はため息をつき、苛立った顔を見せる。
「子供の恋愛じゃないんだから。彼女の事を本当に愛してるんなら、どうしたら彼女を苦しめずに済むか考えなさい。
彼女を本当に幸せにできるのは、あなたとは限らない。彼女を幸せにする事を考えるより、彼女を苦しめない事を考えた方がいいんじゃない?」
笑愛は少し興奮気味になった気持ちを落ち着かせようと軽く深呼吸をする。
「ちょっとキツイ言い方しちゃったけど、あたしは間違ってるとは思ってないから。」
そう言うと、笑愛はバックを持ち、部屋を出た。
――なんなんだよ!!
笑輝は近くにあった雑誌に八つ当たりをする。
――涙と世界が違うって、出会った時から、そんな事はわかってたよ。
高級自動車から降りてきた、初めて出会った時から、涙は自分とは違う不思議な雰囲気を放っていた。だが、それにはずっと触れずにきた。
触れたらバラバラに壊れて消えて無くなってしまいそうで、笑輝は何よりもそれが怖かった。
容姿や、家柄や、育ってきた環境なんて、どうでもいい、涙を失う事がなによりも怖い。
笑輝の中で、涙の存在は、あまりにも大きく大切な物になっていた。
――俺じゃダメなのか?
俺は涙といられる事が幸せなのに、涙を幸せにする事はできないのか?
笑輝は頭を抱え、ダイニングテーブルにうつ伏せた。
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