毒親

「最近、仕事忙しくてなかなか来れなくてごめんな。」


笑輝は少年のように息を切らせながら病室に入って来た。


「大丈夫よ。そんなに無理しなくてもいいよ。」

「なんだよ。俺に会えなくて淋しくないの?」


笑輝はイスに腰掛けながら、すねたような顔をする。


「淋しくないわよ。毎日ラインしてるし。」


笑輝はじっと涙を見つめる。


「ラインだけで満足?」


笑輝は囁くとキスをした。


「ちょっ・・・病室よ?」

「シーッ」


笑輝はもう一度キスをした。


――もう、なんて子供なのよ。


涙は怪我のない方の手を笑輝の首に回し、顔を引き寄せ口づけた。


ゆっくりと唇を離すと、笑輝は優しく涙を抱きしめる。


「早く良くなってね。1人の生活はつまらない。」


笑輝は呟く。


「笑輝・・・」


――あたしがフランスに行きたいと言ったら、笑輝はなんて言うかしら。賛成してくれ・・・・そうにないよね・・・


「涙、あのマンションは引き払って、正式に一緒に暮らそう。俺のアパートが狭かったら、もう少し広い部屋探してさ。」


――笑輝?


「もう離れたくないんだ。先の事も考えて・・・」

「笑輝・・・ちょっと待って。あたしも考えたいから・・・」

「そうだな。ごめん。まずは怪我をちゃんと治してからだな。ごめん、ちょっと早まっちゃって。」


2人の間にしばらく沈黙が流れる。


「今井さんがさ・・・」


笑輝が口を開いた。


「来年、今井さんがフランスに行くんだ。Kiritoの姉妹店ができるみたいで、オープニングスタッフと、現地指導として、2年くらい行くらしい。」


――ドキッ・・・


「そうなの・・・?」


「Lacocoも姉妹店ができるんだろ。」


笑輝は切ない瞳で涙を見つめる。


「行くのか?」


ドキッ


そんな瞳で見つめられたら、なんて答えたらいいのかわからない。


「俺がいかないでほしいと言ったら・・・どうする?」


「・・・」


涙は目をそらした。


「・・・・ごめん。変な事言って・・・」

「う、ううん。大丈夫。てか、あたしにそんな話、出てないし。」


涙は咄嗟に嘘を言ってしまった。


「ごめん。今日は帰るわ。」


笑輝は立ち上がった。


「ありがと。気を付けて帰ってね。」


笑輝はニコっと微笑んだ。


部屋を出た笑輝は大きく息を吐いた。

1人病室に残った涙もまた、複雑な気持ちだった。


笑輝が出て行った後、再び病室のドアが開いた。


「涙ちゃん、久しぶり。」


入り口に立っていたのは、山崎の妻、涙の母だった。

胸元の開いた白いブラウスに黒いワイドパンツ。シルバーのハイヒール。

ゆるくパーマのかかった長い髪。

涙とうり二つの母だった。

驚く涙。


「ねえ、涙ちゃん、今部屋から出て行った、涙ちゃんの彼氏?

イケメンじゃな〜い。

さすが、あたしの娘、こんな綺麗なだもん、当たり前よね~。」


「何しにきたの?」


涙は母を睨む。


「何よ、そんな顔しないでよ~。

久しぶりに会ったんだからぁ。何年ぶり?あたしが再婚してからずっと会ってなかったもんねぇ。」


母は涙のベットに腰掛ける。


「あたしねぇ、離婚したの。夫の不倫が原因で。相手は20代後半の若い女でね。かなり綺麗ならしいのよ〜。

夫はバカだから、その女にゾッコンで、ストーカーで捕まったの。バカでしょう?

夫に未練なんかないから、どうでもいいんだけど、でもムカつくじゃない?あたしほどの美人な妻が居ながら他の女と不倫するなんてさ。それでね、ムカつくから、その女に慰謝料請求しようと思って。」


涙は母の話を察した。


――まさか・・・


「山崎って男を知ってるわよね?涙のちゃん。あたしの元夫。」


気持ちが悪い。


――あたし、大嫌いな母親の夫と愛人関係だったの?


「涙ちゃん顔色悪いわよ。ゆっくり休んで。

可愛い娘だもの。簡単に訴えたりなんかしないわよ。そんな酷い母親じゃないわ。

あたし、さっきいい事思いついたの。

さっきの彼氏、少し派手だったけど、なかなか好青年だったわね~。」


「あんたは、どれだけあたしを苦しめる気なのよ!」

「苦しめる?あたしが?何を言ってるの?」

「あんたはずっと自分の事ばっかり、あたしの事なんか、ほったらかしで好き勝手生きてきたじゃないか!何回結婚して、何回離婚しようが、あたしには関係ないんだから、もうあたしの前に現れないで!」

「あんたのせいで、あたしの人生は狂ったのよ!!」


母は声をあげる。

その声は偶然、廊下を歩いていた笑愛の足を止めた。


「あんた自分がなんで涙って名前だか知ってる?あたし泣いたの。あんたを妊娠した瞬間、あたしの人生終わったって!相手なんか誰だかわかんないし、堕ろす金なんてないし、そうこうしてる間に、どんどんお腹大きくなっちゃって、適当に産んで死んじゃえばいいって思ったわよ!だけど、そう簡単にはいかなかった!あんたは運だけで生き延びてるだけよ!なんで死ななかったのよ!あの時死んでれば、あたしは苦労しなかったのに!」


ガラガラッ!!


「お引き取りください!」


笑愛が入ってきた。


「ここは病院です!患者は絶対安静です。お引き取り頂けなければ警察を呼びます!」


母はニヤッと笑った。


「じゃあね。涙ちゃん。また会いましょう。」


母は出て行った。


「涙ちゃん・・・」

「すみません。お騒がせして。」

 

涙はショックと悔しさ、悲しさ、怒りで声を震わせた。


「あれがあたしの母親です。酷いですよね。

笑輝の家族とは真逆なんです。

あたし、ああいう女の娘なんです。」


笑愛は複雑な表情で涙を見つめた。











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