ビジネスチャンス

「次はバナナ。はいっ。」


涙は小さく口を開け、笑輝がスプーンに小さく切られたバナナを食べる。


「うまい?」


涙はニコッと笑って頷く。

笑輝は献身的に、涙のお世話をする。


「じゃあ、もう一口。あーん。」


涙は、小さく口を開けて食べる。

周りの気温まで上がりそうなアツアツ加減だ。


「あのぅ。すみません。そろそろ面会終りなんで・・・」


看護師が病室のドアを開け、申し訳なさそうに言う。


「え?もうですか?もう少しダメですか?」


困った顔の看護師の後ろから、姉の笑愛えまが現れる。


「ダメに決ってんでしょ。涙さんの事は任せて、早く帰りなさい。」

「仕方ねぇな。じゃあ、涙、明日も来るからな。」

「うん。ありがとう。」


涙はニッコリ微笑む。


笑輝は看護師に会釈をして出て行った。


ここは春川総合病院。

笑輝の父が経営する病院だ。

監禁事件以来、涙はこの病院で治療をしている。

左腕の左の肋骨を骨折し、顔の腫れはひいたが、アザが痛々しい。


「春川先生の弟さん、優しいんですね。あんなに大事にされて羨ましい。」

「そうね、過剰なくらい優しいわね。」


涙は照れ笑いをする。



警察署では、山崎が取り調べをうけている。



何故、涙を監禁したのか、動機を山崎は刑事に話した。


山崎の妻(涙の母親)は荷物を整理する。

元々、山崎とは金目当てで結婚しただけで、逮捕されて全てを失った山崎には何も未練は無い。

妻はサッサと家を出た。


涙は1人思いふけっていた。

山崎との事は、とりあえず解決したが、深が言っていた、母親を見かけたという話がひっかかっていた。

涙は新しい心配が1つできた。

母親が自分の居場所を突き止めてくるんじゃないか・・・

だが、今はもう現実から逃げるような事はしない。

必死で自分を守ってくれた笑輝や、心配してくれる仲間がたくさんいる。

何があっても、自分は乗り越えて行く。

そう決心した。


翌日になり、浅野夫妻がお見舞いに訪れた。


「大変な目に合ったわねぇ。ストーカーなんて・・・。ごめんね。気づいてあげられなくて。」


紗友美が目を潤ませなが頭を下げた。

夫の高文も頭を下げる。


「そんな、あたしの個人的な事情なんです。

頭を上げてください。」


紗友美は申し訳なさそうに言う。


「これからは、もっと社員1人1人をよく見ないとね。」

「いえ、オーナーご夫婦には、ずっと良くして頂きました。今回は、あたしの方こそ、ほんとにご迷惑おかけして、すみませんでした。」


紗友美は、首を横に振った。


そして、間をあけて、ゆっくり話し出した。


「それでね。涙ちゃん、海外に興味はあるかしら・・・」

「はい?」


涙は聞き返す。


「じつはフランスにうちの新しい店をオープンする事になって、現地のスタッフの育成として、Kiritoからは今井君、Lacocoからは涙ちゃんに行ってもらえないかと思って。」


高文が話を進めた。


「フランスですか・・・?」


急な話に、なんて返事をしたら良いのかわからない。


「すぐに返事じゃなくてもいいんだ。来年の春を予定してるから、それまでに考えてもらえれば。」

「うちのお店に涙ちゃんが居なくなるのは寂しいけど、やっぱり実力のある子に任せたいから、そう考えると、信頼と実力を考えて、涙ちゃんに任せたいの。」


――あたしが・・・海外で仕事・・・


願ってもいないチャンスだった。

長年の努力が報われたような気がした。

そして、過去と決別するチャンス・・・

だが、笑輝と離れる事ができるのか・・・


「ごめんね。このタイミングで言う事じゃなかったわね。まずはしっかり休んで、体を元に戻す事が先ね。」

「そうだな。ホントに返事はすぐじゃなくて良いから。」


浅野夫妻は、しばらく涙と談笑を楽しみ、帰って行った。


1人になった後、笑輝からのラインが入る。


――ごめん、今日は仕事忙しくて行けそうにない。明日、必ず行くから、今日は、ゆっくり休んで。


相変わらず優しいライン。

フランスに憧れる反面、笑輝と離れるのは、とても辛い・・・












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る