会いたくない人
「すみません。」
深は山崎の妻の顔を見る。
それは、幼い頃に何度も見た涙の母親の顔だった。
深は驚いたが、声をかける事はできなかった。
涙とは親しかったが、母親との関わりはほとんどなかったし、深の両親は涙の母親の事を良く思ってなかった。
涙の母親は、何も言わずに足早に立ち去った。
◇◇◇◇◇
涙と笑輝はベットで寄り添っている。
「この間ね、お母さんの夢を見たの。」
「お母さんの夢?」
涙は頷く。
「あたしのお母さんは、ほとんど家に居なくて、男遊びが激しくて、あたしの事よりも男と、お金優先だったの。」
笑輝は天井を見つめながら、黙って話を聞いていた。
「笑輝のお母さんとは全く違う、最悪な母親なの。そんな母親が嫌で、あたしは高校卒業して、すぐに家を出たの。
それから、お母さんには会ってないから、どこで、何してるかも全然しらない。
夢なんて見る事なかったのに、なんで今更、夢に出てきたんだろう。」
笑輝は涙の肩を抱く。
「お母さんに会いたいとは思わないの?」
「・・・思わない。」
「・・・そっか・・・」
「あんな母親だって事が笑輝のご両親に知られたら、きっとあたしは受け入れてもらえなくなる。そのうちけっ・・・・」
笑輝は涙を見つめる。
「あ・・・いや・・・」
――思わず結婚する時って言いそうになっちゃった・・・
涙は笑輝から目を反らす。
「結婚って言おうとした?」
笑輝は涙の頭を撫でる。
――恥ずかしい。女のあたしから、なんかプロポーズ急かしてるみたいじゃない。
「その時は、俺から言うから。」
ドキッ・・・
涙は胸が苦しくなった。
「愛してるよ。涙。涙の全て、全部を愛してる。」
笑輝はギュッと強く、少し痛いくらいに涙を抱きしめた。
「涙には、俺がいるし、俺の家族も涙を受け入れてるから、安心して。」
「ありがとう。あたしも大好きよ。笑輝も、笑輝のご家族も、大好き。」
2人はお互いの鼻をつけながら微笑んだ。
その頃、涙のスマホに、深からのラインが入っていた事に、涙は翌朝になってから気がついた。
職場近くのコンビニで、涙ちゃんのお母さんに会ったよ。
翌朝、スマホを見た涙は驚きを隠せなかった。
「深君が、あたしのお母さんに会ったって・・・」
「え?そうなの?」
笑輝は朝食のスクランブルエッグを作りながら聞く。
――まさか、こんな近くにいたなんて・・・
「はい。できたぞ。食べて仕事行くぞ。」
笑輝は2人ぶんのサラダとスクランブルエッグののったお皿をダイニングテーブルに置く。
テーブルには、トーストとヨーグルト、コーヒー、そして、出来上がったばかりのスクランブルエッグとサラダで彩られている。
「いただきます。」
「いただきます。」
2人は食事を済ませ、一緒にアパートを出た。
「今日は俺のが遅くなるから、気を付けて還れよ。」
「うん。わかった。」
2人は手を繋いで歩く。
「あ、あたし、お店の鍵持ってきたかな。」
涙はバックの中を探すが、見当たらない。
「あぁ、忘れて来ちゃったみたい。取りに帰るから、先に行ってて。」
笑輝は頷いた。
――急がなきゃ。
涙は小走りで戻る。
信号が赤になり立ち止まる。
――早く変わらないかなぁ。
時計を気にしながらソワソワしていると、一台の車が止まった。
「涙ちゃん。」
中から深が声をかけた。
「深君。」
涙は深に乗せてもらう事になった。
「なんか、イロイロ心配させて、ゴメンネ・・・」
「俺は大丈夫だけど・・・危険な事からは足を洗え。笑輝君が知ったらどんな気持ちになるか・・・」
「うん。わかってる。もう終わりにする。」
「それから・・・」
深は少し間を空けた。
「お母さんを見かけたんだって?」
「ああ。」
涙が尋ねると、深はぼそっと答えた。
涙は口元に指を当て、窓の外を見た。
――もう一生、会いたくない
車は店の前に着いた。
「ありがとう。」
「うん。またな。」
涙は急いで店の鍵を開ける。
背後には山崎が立っていた。
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