仕事だから・・・

深達は新しい仕事の依頼者に会う事になった。

新しい仕事の依頼者は建築会社、山崎建築の社長、山崎だった。


「始めまして。代表の阿川です。よろしくお願いします。」

「こちらこそ、始めまして。山崎です。」


お互いに名刺を渡す。


「わざわざお越しいただいて、ありがとうございます。

この山崎建築は、父親の代から始まって、今年で50年になりまして、何か盛大にイベントを開きたいと思いまして、御社にお願いする事になりました。」

「数あるイベント会社から、うちを選んで頂いて、ありがとうございます。」


社長の山崎は、笑顔で挨拶するが、何か影のあるような、深にとって、あまり良い印象ではなかった。


「今回のイベントのテーマのような物はございますでしょうか。」


深はノートパソコンを開く。


「テーマですかぁ・・・」


山崎は考える。


「阿川さん、恋人はいますか?」

「はい?」


突飛な質問に、深は怪訝な顔をする。


「最近、僕は恋人に振られましたね。

とてもショックなんですよ。」

「・・・はぁ・・・」

「その女性に、かなりの額を貢いだんですが、あだで返されたというか・・・なんとも酷い話です。」


――なんだ、この男は・・・気持ち悪いな・・・


山崎は何かを見ているような目をしながら、話を続ける。


「阿川さんは、そんな彼女を、きっぱりと忘れる事ができますか?

僕は考えました。

これは別れた方が良いのか・・・

でもね、僕には妻がいて、妻は少し気付いてるんですよ。僕と彼女の不倫に。」


その頃、遅れて明日香が山崎建築を訪ねてきた。

女性事務員に、応接室に案内される。


「失礼します。」


事務員がドアを開いたとたん、明日香は目を疑った。


深の向かいに座っているのは、先日の不気味な男、涙のストーカーだった。


「はっ、はぁっ・・・」


明日香の呼吸が荒くなる。

深は振り返る。


「伊藤?」


明日香は後ろを向いてしゃがみ込む。


「伊藤?どうした?」


深が心配して近寄る。


「あ、阿川さん・・・あの人・・・涙さんのストーカーです・・・」

「え?」


明日香は怯えながら、聴かれないような小さな声で深に知らせた。

深は振り返り、山崎に話した。


「すみません、山崎様。うちの部下が体調不良で、申し訳ありませんが、別の日にお時間頂けないでしょうか。」

「そうですか。うちは、大丈夫ですよ。」

「申し訳ありません。また改めてご連絡させて頂きます。」


深は、明日香をゆっくりと立たせた。


「お大事にしてくださいね。」


山崎は心配そうに言う。

深は頭を下げた。


2人が部屋を出た後、山崎は1人でブツブツ言う。

その目は、どこを見ているのかわからない、異様な目つきだった。


明日香は深の車の助手席に座る。


「大丈夫か?」

「はい。すみません。」

「あの男が本当に、涙のストーカーなのか?」

「そうです!間違いありません!」


深は、ため息をついた。


偶然なのか、偶然じゃないとしたら、どういう目的で深達に近づいたのか、深は考えた。


「あの人、涙さんと深さんが知り合いって知ってるんじゃないですか?」

「まじか。」

「でも、深さんに近づいて、どうする気なんですかね。」


深は考えた。


――アイツ、不倫て言ってたな。

涙のヤツ、何やってるんだ。本気であんなヤツに惚れてたのか?


「深さん、あたし深さんが心配です。

ああいう人って何するかわかんないし、わざわざ、うちの会社に依頼するって、何かあると思います。」


明日香は深に抱きついた。


「この仕事、断った方が良いと思います。

イベント会社なんて、他にたくさんあるし。」



深は明日香の頭を撫でる。


「明日香はこの件に関わらなくていい。俺と中村でやるから。」

「深さん!」


明日香は深の顔を見る。


「これは仕事だから、断る訳にはいかない。」


明日香は今にも泣きだしそうになる。

深はそんな明日香の頬を優しく撫でる。


「大丈夫だから。心配しなくていい。」


深は明日香に口づけた。





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