ヘアドネーション
笑輝はアパートに帰った。
初めて涙を見かけた時の粧子の言葉を思い出す。
「あの人、綺麗だけど愛人よ。お金目当ての。」
――粧子は見抜いてたって事か。
涙の苦しそうに
――俺が力にならないと。俺が彼女を助けてやらないと。
スマホを開き、一緒に撮った写真を見る。
◇◇◇◇
増田医師の出来事から、3週間が過ぎた。
増田医師は今までの勤務状態と、猛省している事から、院長が別の病院を紹介し、そちらへ行く事になった。
さらに1ケ月が経ち、季節は春になっていた。
桜の花が満開の頃
春川総合病院では日曜日の休診日を利用してイベントが開かれた。
ピエロに扮したパフォーマーが小児病棟を周る。
小児科病棟は、子供達の笑い声と笑顔に溢れ、その姿を見た看護師達も笑顔になり、中には涙を流す人もいた。
日々、病と闘う子供達の、辛い日常を見ている看護師にとっては、子供達が心の底から楽しむ姿を見るのは、保護者同様、幸せな時間だった。
他の病棟でも、体を使った簡単な運動ができるエリア、手先を使ったワークショップの講師達が各病室を回った。
ロビーでは、一般の方にヘアドネーションの説明会が行われていた。
笑輝は今井の助っ人として同行している。
涙も有給を使い、見学にきた。
「あの人カッコイイ。」
「今度、この美容室行ってみようかな。」
若い女の子達の話しが聞こえる。
――ふふん。カッコイイでしょ。中身も最高なんだから。あたしの彼氏!
涙は気分が良かった。
「以上がヘアドネーションの説明になります。では、突然ですが、どなたかこの中で、是非、今から参加してみたいという方みえますか?」
笑輝が尋ねる。
「どうしよう。」
「やってみたいけど・・・」
説明を聞いた女の子達がざわつくものの、誰も手を上げようとしない。
涙は、腰に手を当て、つま先で床をトントンと叩いた。
「はい!」
「え?」
今井と笑輝は驚く。
「あたし、やります!」
涙が真っ直ぐ手を挙げている。
「え?すごい綺麗な人・・・」
「涙さん、大丈夫なのか?」
今井はコソっと笑輝に聞く。
涙は人混みをすり抜け、今井と笑輝の隣に立った。
そして、笑輝からマイクをもらう。
「長さが30センチあればカラーやパーマをかけてても大丈夫ですよね?
手入れはきちんとしてるので、傷みはありません。よろしくお願いします。」
パチ・・・
パチパチ・・・・
パチパチパチ・・・
ロビーに拍手が起こった。
「涙、ほんとにいいのか?」
小声で確認する。
「もちろん。これで笑顔になる人ができるなんて、最高じゃない。」
涙は笑った。
笑輝も笑顔になる。
3人は2階にある床屋に向かう。
涙は初めてのショートヘアに少し緊張している。
「ばっさり短くしてね。石原さとみみたいに。」
「わかった。」
院長と、笑愛が、院内を周り、床屋に着いた。
笑輝は丁寧に寄付する髪をカットしていく。
涙は鏡に写る自分の姿をじって見つめる。
カットされる髪と一緒に自分の過去と決別する覚悟を決めたような・・・
そんな表情だった。
「お疲れ様でした。」
笑輝から手鏡を渡され、後ろを確認する。
幼い頃からずっとロングヘアだった涙には、首筋の見える程のショートボブは初体験だった。
「涙さん、どうもありがとう。」
院長が涙にお礼を言う。
「よく似合いますよ。」
笑愛も笑顔で言う。
涙は箱に入れられた自分の髪を愛おしく見つめた。
――さよなら、昔のあたし、誰かを笑顔にさせて、幸せになってね。
「笑輝、今日が初めてのカットですよ。」
今井が言うと、みんな驚いた。
「カットデビューが恋人なんて、ロマンチックじゃない。」
「母さんが聞いたらひがみそうだな。」
みんなが笑顔になり、幸せな時間だった。
涙は髪に手を当て、何度も鏡を見た。
1日が終ると、涙のスマホにラインが入る。
深からだった。
『よかったら今日、食事に行かないか?今井さんと、笑輝君も声かけてあるから。』
涙は返事を送る。
『オッケー』
涙は今井と笑輝の元に行く。
「深君と食事の約束してる?あたしも行っていい?」
「え?涙さんも?喜んで!」
今井が嬉しそうに言うと、笑輝も笑顔で頷いた。
「あ、でもごめん、俺、急用ができて、急いで帰らないと行けなくなっちゃったから、ごめん、2人で行って来て。」
涙は笑輝と2人で参加する事にした。
近くの居酒屋に集まる。
「笑輝君、今日はお疲れ様。」
「こちらこそ、お疲れ様でした。それと、ありがとうございました。父と姉も満足してました。」
「いやいや、僕達は、お手伝いさせて頂いただけだら。それと・・・」
深は涙を見る。
「すごいな。バッサリ行ったなぁ!」
涙は得意な顔をする。
3人は話しが盛り上がり楽しんだ。
帰り際、
男が涙達の姿を、見ていた。
「見つけた。」
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