増田医師

深はオフィスに戻り、1人残業をしている。

何度もスマホを見るが涙からの返事は無かった。


――気のせいならいいんだが・・・


ただ涙の容姿が綺麗なだけで、こんなに心配する必要はないんだが、深は、涙の母親の噂を幼い頃に聞いた事があるせいで心配だった。


◇◇◇◇◇


笑輝は晩御飯の準備をしていた。


――今日は簡単にカレーライスにしよう。


じゃがいもを切りながら、涙に言ってしまった事を思い出す。


――何もできないくせに


――さすがに、あれはマズイよなぁ。

ひどい事いっちゃったな・・・


笑輝は謝ろうかどうしようか悩む。

涙とは、もう何日も口を聞いていない。

さすがに寂しくなってきた。


――やっぱり謝ろう。いくらなんでもヒドすぎるよな。


笑輝は手を洗い、スマホを取り出した。


『涙、今何してる?この間はゴメン。 言い過ぎた。』


送信。


――すぐに返事がくるだろう。


いつも涙からの返信は早い。

今回もスグに返事がくるものだと思っていたが、なかなか既読が付かない。


『忙しい?』


もう一度送るが、既読にならない。

あきらかに仕事が終っている時間だし、笑輝は少し不安になった。


――まだ怒ってるのか?


笑輝は電話をかけてみる事にした。


「もしもし・・・」


――良かった。出てくれた。


「もしもし、涙、ごめん。俺が言い過ぎた・・・」

「・・・いいよ。気にしてない・・・」

「ほんとに、ごめん。謝りたくて電話した。」

「そう・・・」


――どうしたんだ?なんか元気ないな。


「なんか元気ないけど、ほんとに怒ってない?」

「・・・うん。」


明らかに涙の様子はおかしかった。


「今から行ってもいいか?」


笑輝は尋ねた。


「いいよ。」


涙は答える。


◇◇◇◇◇◇


笑輝は涙のマンションの前に立つ。


――よし、もう思い切って謝ろう。

俺が子供すぎた。

酷い事言ってごめん。よし!


「ごめん!涙!俺が子供すぎた!ホントにごめん!」


笑輝は涙の顔を見るなり謝った。

涙は驚いたが、思わず笑ってしまった。 


「もういいよ。上がって。」


笑輝はソファに座る。

涙は冷蔵庫を開ける。


「ビール飲む?」

「あ、ありがとう。」


涙はグラスとビールを運んで、笑輝の隣に座った。


「どうして急に謝る気になったの?」

「いや・・・さすがに、長すぎるかなって思って。」

「そう。」

「涙は思わなかった?俺と早く仲直りしたいって。」


純粋な瞳で見る笑輝に、涙は吹き出しそうになった。


「べつに。」

「べつに?そんなもんなの?」


涙はビールを一口飲む。


「笑輝は、あたしの事好きでしょ?そんな簡単に嫌いになれるの?」


そう言われ、笑輝は少し照れる。


「そうだな。涙も俺の事大好きだしな。」


2人は微笑んだ。


「そういえば、涙の職場の佐々川さん、怪我の具合どうなの?」

「うん。まだ退院まで3週間くらいかかるみたい。」

「そうか、大変だな。どこの病院?」

「春川総合病院。」

「俺の実家かぁ。」

「え!やっぱりそうなの!?」

「うん。」


笑輝はケロッとしている。


――あんな大きい総合病院の御子息なんて・・・それを普通に言っちゃう笑輝って・・・すごい・・・


「姉が整形外科医だよ。春川笑愛えま。」

「やっぱり、あの人、お姉さんだったの?」

「佐々川さんの担当?」

「うん。綺麗な人よね。スタイルもいいし。」


笑輝は笑った。


「綺麗かなぁ。俺は思わないけど、大学時代ミスコンとか選ばれてたよ。」

「へ〜。春川家は美形の家系なのねぇ。」


涙は感心したように言う。


「涙だってそうだろ。てか、姉さんより涙のが全然、上だから。」


2人は、笑いながら、ゆっくりした時間を過した。

やっぱり涙には笑輝が一番だ。

こんなに癒やされる時間を過した事は今まで無かった。

愛人との関係で悩んでいたが、笑輝と一緒にいると、忘れられる。笑う事ができる。

この人と、ずっと一緒にいたい。

心の底からそう思った。

それと同時に、なんとかしなければと思った。


「ねえ・・・お姉さんに、『増田』っていう医者がいるかどうか聞けない?」

「増田?いいけど、どうしたの?」

「その先生が、未有ちゃんに、しつこくあたしの事聞いてくるの。少し怖くて。」

「そうなの?わかった。聞いてみるよ。」


増田と愛人がどういう関係なのか・・・

涙は不安だった。






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