愛人の正体

「涙さん、今日も来てくれたんですね。嬉しいです。」

「1人じゃ退屈でしょ。」

「わぁ。ここの店のプリン好きなんですよね。」


未有はお見舞いのプリンを受け取り喜ぶ。


「あ、そういえば、この間、違う科の先生が来て、涙さんの事イロイロ聞かれましたよ。」

「え?あたしの事?」

「はい。前にお見舞いに来てくれてから何日か後に、いきなり現れて、この間お見舞いに来てた綺麗な人の名前を聞かれて、涙さんの事かと思ったんですけど、勝手に教えるのは良くないと思って、教えてないです。」

「そう・・・どんな人だった?」

「う〜ん。」


未有は思い出した。


「50代くらいの男の人です。名前は・・・増田先生だったと思います。」

「増田・・・」

「気持ち悪いですよね。涙さん、気を付けてくださいね!」

「うん。ありがとう。」


涙は愛人の男の事が気になっていた。

自分の事を知りたがっている・・・

あまりにタイミングが合いすぎる。


自宅に戻りパソコンを開く。

パソコンには顧客情報が入っている。

増田・・・

もしこの顧客情報に偽名を使っていたら出てくる事は無い。

涙は調べてみたが、増田という人物は居なかった。


涙のスマホが鳴る。

いつもの愛人からだった。


ドクンドクンドクン・・・


心臓が鳴る。

正直、少し怖かった。

この男が、あたしの事を調べていたら、一体何をするつもりなんだろうか・・・

不安だった。

行こうか、行くのをやめようか。

もちろん、悪質な愛人は断る事ができる。

でも、もし自分が断って未有や、周りの人に危害があったら・・・


涙は待ち合わせのホテルに行く事にした。


タクシーが、高級ホテルの前に止まる。

涙はタクシーを降りて、ホテルの中に入った。

丁度その時、深が仕事の商談で、このホテルを訪れていた。

ロビーで涙を見かけた深は声をかける。


「涙ちゃん。」

「深君・・・」


深は涙に駆け寄る。


「今から仕事の商談でさ、この近くの病院が企画するイベントの話しがあって来てるんだ。」

「そうなの・・・忙しそうね・・・」

「涙ちゃんも、仕事?」

「うん・・・まあ・・・ね・・・。」


深は涙の表情を不審に思う。


「阿川くん、いらっしゃったから、こちらへ。」


中村喜佐子が深を呼ぶ。


「わかった。じゃあ。涙ちゃん、またな。」


涙は深と別れ、エレベーターに乗る。


部屋に行くと、男が待っていた。


「考えてくれたかな。私との正式な交際を。」

「申し訳ございません。それはできません。

契約更新という形でお・・・」

「ばかにしてるのかぁ!!!」


男は大声をあげ、涙のほうに寄ってくる。


「妻に気付かれたら離婚確定だ!俺はどうなる!女と契約で愛人関係を結んで離婚されたなんて、大恥をかかすのか!」


もの凄い力で涙の腕をつかむ。


――怖いっっ!!どうしよう!!!


「落ち着いて・・・」

「ふざけるなぁぁぁ!!!」


男は涙を突き飛ばす。

床に倒れる涙。


「このまま、ただの愛人で終わらせるか!俺だけ堕ちて終わるのはごめんだ!堕ちる時はお前も一緒だ!!!」


男は涙の髪を掴んだ。


「ひっ、やめて・・・!」


男は顔を近づけて言う。



「いいか、馬鹿にするのもいい加減にしとけよ。お前みたいなガキ1人なんとでもなるんだからな。」


涙は初めて恐怖を感じた。

男を手玉に取る事はあっても、取られる事など無かった。


――この男、ガチでヤバい。

なんとかしなきゃ。


涙は初めて危険を感じた。


部屋を出て、フロントを通る涙に気づく深。

涙の顔は酷く青ざめ、乱れた髪を直しながら歩く姿は異常な雰囲気をだしていた。

涙は深に気づく事なく出ていった。

涙が出て行った少し後に、スーツ姿の男が電話をしながら出て行った。


「阿川君はどう思う?」


中村が尋ねる。


「え?あ、はい。そうですね。小児癌患者さん用のウィッグの試着もいいかと思います。そして・・・」


深は涙の事が気になって仕方なかった。


商談が終わり、深と喜佐子は相手を見送る。


「病院主催のイベントなんて初めてね。」

「そうだな。この地域で一番大きい春川総合病院の院長の提案で、闘病中の人達に、少しの時間でも楽しんでもらえたらっていう、イベントだからな。力も入るな。」

「頑張りましょうね。」


涙が自宅に戻ると、深からのラインが入った。


『さっきはどうも。なんか元気無さそうだったけど大丈夫か?なんかあったら言えよ。』


――こんな事・・・誰にも話せるわけない。


涙はスマホを伏せた。




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