2面性

年が開け、涙と笑輝の交際も1ケ月が過ぎた。

涙は笑輝といる事で落ち着き、幸せを感じるが、それでも愛人を辞めるつもりは無かった。

いつも通り愛人とホテルで待ち合わせ、好きでも無い相手と体を重ねる。

愛人といる時の涙は、笑輝の事は全く頭に無かった。涙にとって、愛人と恋人は全く別物だった。

いつものように、愛人より先にホテルを出ると


「涙さん?」


後ろから声をかけられる。


「粧子ちゃん。」

「やっぱり涙さんだ。あたし今日は残業になっちゃって、今、帰りなんです。」

「そうなのね。お疲れ様。」


涙と粧子は並んで歩く。


「笑輝とはどうですか?」

「どうって・・・普通に楽しくしてるわよ。」

「そうですか。」


粧子は笑顔で言う。


「最近、仕事忙しいみたいで疲れてる感じだったから、少し心配だったんですよね。

でも涙さんがいれば大丈夫みたいですね。」


涙は粧子を見つめる。


「笑輝と付き合ってたのよね。まだ好きなの?」

「それはないです。ただ、友達として、全く気にならないかといったら、それもないです。やっぱり・・・2年も付き合ってたら、気になる事もあります。」


粧子も涙をじっと見つめる。


――涙さんが何者なのか・・・


「そう。そういう関係もあるのね。」

「涙さんは、別れた人の事は気にならないですか?」

「全く。」


涙の即答に粧子は驚く。


「別れたらそれで終りでしょ?」


涙は微笑んだが、粧子には、とても冷たい笑顔に見えた。


――この女性ひとで本当に笑輝は幸せなのかな。


粧子は不安に思った。

粧子にとって涙は、ただ綺麗なだけではなく、とても謎めいた女に見えた。


◇◇◇◇◇


「ねえねえ、りこさん、2階の及川さんて、どういう人なの?」


りこは粧子にそう聞かれ、少し戸惑う。


「どうってねぇ、あたし達オーナーは一緒だけど、従業員はあまり関わりが無いから、よくわかんないんだよね。笑輝君が付き合うようになってから、少し喋るようになっただけだし。」


そこへわかばも話に加わる。


「でもミステリアスな人だよね。笑顔で接してくれるんだけど、本心は明かさない的な。

笑輝君には違うんだろうけど。」

「ふぅん。そうなんだ。」


りこが思い出したように言う。


「そういえば、何ヶ月も前だけど、高級ホテルから出て来たの見た事ある。でも、誰かと一緒だったわけじゃなくて、1人だったと思う・・・及川さんくらいだと、お金持ちの彼氏とかいるんだろうなって思ったもん。」

「ハイブランドいっぱい持ってるもんね。」


りこと、わかばは、羨ましそうに話した。

粧子は何年か前に偶然、涙が男と高級車から降りてきた所を思い出した。


――あの男性ひと・・・彼氏よね。きっと。うん、そうだ、彼氏だ。


粧子は自分に言い聞かせた。


◇◇◇◇◇


笑輝と涙は仕事帰り、いつもの居酒屋に寄った。

笑輝はビール、涙は熱燗を頼む。


「今日は久しぶりにヒマだったよ。ここんとこずっと忙しかったから、ちょうど良かったけど。」


笑輝はビールを一口飲む。


「そうなの?あ、そういえばこの間、粧子ちゃんに会ったわよ。

残業だって言ってた。」

「粧子も頑張ってるからな。」


涙は肉じゃがを一口。


「ここの肉じゃが、ほんとに美味しいのよね。

Lacocoのすぐ側にあるお店なのに、一度も入った事ないから、全く知らなかった。」


涙は幸せそうに笑う。


「涙ってさ、一見クールで冷たそうに見えるのに、こういう些細な事で、すごく幸せそうな顔するよな。」

「え?そう?」

「うん。そのギャップがまた良いんだけどね。」


涙は熱燗を一口飲む。


「笑輝にとっては、この肉じゃがの味は普通なの?」

「ん?美味いよ。でも、涙ぼど幸せな顔はしてないと思う。贅沢なのかな、俺は。」


笑輝はいたずらっぽく笑った。

涙も笑輝につられて笑う。


「お医者様の御子息だもんね、晩御飯はいつもフランス料理のフルコースとかだった?」

「そんな事ないよ。普通の飯だよ。うちは両親が外食を嫌ったから、いつも母親の手料理だった。母親は料理得意だったから、なんでも美味かったよ。」


笑輝の話を聞きながら、涙は少し羨ましかった。


「あ、でも別に俺は自分の彼女に料理の腕は求めないから大丈夫だよ。俺が作るから気にしないで。」


涙は目を丸くする。


「どういう意味よそれ〜失礼ね。」


2人は笑いあった。

涙は幼い頃の記憶を、あまり思い出さないようにした。

笑輝と自分の差に気づきたくなかった。








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