安らぐ場所
涙は、なかなか寝付く事ができずにいた。
コンビニに行ってビールでも買ってこようと思い、部屋を出ると、2部屋隣の部屋から笑輝と、粧子が出てきた。
仲良く笑顔で話しながら歩く2人の姿を見て、涙は胸が苦しくなった。
経験した事の無い苦しさに頭が締め付けられるように痛くなる。
「春川君。」
エレベーターを待つ2人を、涙は厳しい顔で呼び止める。
「春川君、ここに何しに来てるの?仕事にきて部屋に女性を誘うなんて、オーナーに知られたら、あなた次回からこういう仕事は任されなくなるわよ。」
今まで見た事のない涙の厳しい顔に、笑輝は少し戸惑う。
「すみません。」
頭を下げた。
「あなたは私が外まで見送るから、春川君は部屋に戻っていいわ。」
涙と粧子はエレベーターに乗り込んだ。
気まずい雰囲気の中、粧子は、涙の横顔をじっと見る。
――どっかで見た事ある気がするんだけど・・・
涙は小さくため息をついて、粧子に話しかける。
「さっきはキツイ言い方しちゃったけど、別にあなたに対してじゃないから。」
急に話しかけられて、粧子は驚く。
――ほんとに綺麗。女のあたしでも見惚れちゃうわ。
「とりあえず、もう遅いからタクシー呼ぶわね。」
「あ、大丈夫です!タクシーなんて、すぐ隣のホテルなんで。」
エレベーターが1階につき、2人は一緒にホテルから出る。
「ほんとに、すみませんでした。」
粧子は頭を下げた。涙は軽く会釈すると、粧子とは逆の方向に向かった。
その後ろ姿を見て、粧子は思いだした。
「あの時の美女だ!」
元カノの残り香の残る部屋、笑輝も眠れずにいる。
久しぶりの再会で、2人とも気分が上がったしまい、つい・・・
「はぁ。」
笑輝はビールを買いにコンビニに行く事にした。
部屋を出て、エレベーターから降りようとすると、コンビニから戻った涙と鉢合わせた。
気まずい笑輝。
涙はコンビニ袋を突き出す。
「2階のテラスで一緒に、付き合ってよ。」
プシュッ☆
2階にあるテラスのベンチに2人で腰掛ける。
涙は何も言わずにビールを飲む。
「そんなに気にしなくて良いわよ。長谷川さんにもオーナーにも言わないから。」
「すみません・・・」
プシュッ・・・
笑輝は、遠慮しながらビールをあける。
「・・・・彼女?」
涙は顔を背けながら話しかけた。
「元カノ・・・」
笑輝は答えた。
「そっか・・・」
「・・・・・」
「今も好きなんだ・・・」
「・・・・どうかな・・・わからない。」
涙は振り返る。
「好きじゃないのにキスしたの!?」
「!!」
「あ、いや、たまたま・・・。」
「見てたのか・・・」
「見てたって、人聞きの悪い!あんなとこで、してる方が悪いのよ!」
「・・・・そうだよな。」
笑輝はビールを飲む。
「あの人も綺麗だけど、あたしの方が綺麗じゃない。あたしが誘っても全然乗らないのに、なんで元カノの、好きかわからない人とは、できるのよ。」
涙はスネる。
「あるよ。涙にも・・・キスしたいと思ったこと・・・・」
笑輝は、涙を見つめた。
―――え?
「そんな事・・・まったく、そんな素振り見せなかったじゃない。」
「でも、涙には、そんな簡単に手を出しちゃいけない気がして、できなかった。
綺麗さでいったら、涙にかなう人なんていないよ。男だったら誰だって、付き合いたい、キスしたいって思うさ。
けど・・・涙の綺麗なだけじゃなくて、その奥の・・・寂しさっていうか、なんて表現していいか、1人で抱えてるものを、俺は受け止める自信が無くて・・・受け入れる事ができない。」
――寂しい?あたしが?
涙は予想外の事を指摘されて返す言葉が無かった。
「やっぱり涙は、俺にとって友達だよ。」
胸が締め付けられる。
生まれて初めての感情だ。
涙が溢れそうになるのを必死でこらえる。
初めての失恋だった。
イベント2日目も大盛況に終わったが、涙の心は、大きな穴が空いた状態で、ほとんど記憶がなかった。
◇◇◇◇◇◇
涙は、今夜も老人と食事をする。
他愛もない話しをして、お互い笑いあった。
最初は不思議な空間だったが、少しずつ慣れてきて、最近では自分のお祖父ちゃんと話しているかのような、優しく穏やかなこの空間が涙はとても好きになった。
老人は、昔話もよくしてくれた。
老人の両親は、戦時中に結婚、母親は老人を身ごもったが父親は、そのあと出征し、戦死した。
その後、女手1つで老人を育てあげ、生涯独身を貫いたそうだ。
母親は、生涯父親1人を愛し通した。
老人もまた、一生懸命働き、1代で会社を築き上げ、結婚をし、3人の子供にも恵まれたが、20年前に妻が他界してから、ずっと1人で生きてきた。
『1人の人を愛し続ける』
涙の心に強く響いた。
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