第19話

 パン屋の前に、ダーレンが立っていた。


「こんにちは、オレさん」


 モフを繋いで窓から店内を覗いてみると、アンナがドアノブを掴んだまま固まっている。


「その、様子を見に来たのですが」

「交渉してみます」

「ありがたい」


 横にずれた司祭の隣を通って、パン屋のドアをノックする。


「オレです。入れてください」


 じわじわとドアが開かれていく。吊り下げられた入店ベルが微かに鳴った。


「……いらっしゃいませ」

「司祭様は入らない方がいいですか?」

「………」


 アンナはうなずく。

 オレはパン屋に入れてもらい、籠城するアンナと話し始めた。


「まだ、苦手ですか」

「さんざん陰口をたたいてしまった……きっと、あの笑顔で叱ってきます」

「言わなきゃいいのに」


 オレもおもわず口がすべった。

 アンナは顔を覆う。


「怒っている様子はなかったですよ。ただ顔が見たいと」

「会わせる顔がありません」


 言おうか言うまいか悩んでいたが、オレはその言葉を伝える。


「娘のように思っていると」


 アンナは顔を上げた。


「娘?」

「故郷に置いて来た娘を思い出すと、言っていました。それで子ども扱いしていたことを後悔しているそうです」


 アンナは考え込んでいる。

 オレの心に後悔が過る前に、アンナは立ち上がった。


「いらっしゃいませ」


 ドアが開かれた。




「アンナさん。ご飯は食べていますか?」


「はい。ステラ様のお家で良くしてもらっています」


「ルノボグ様の教典を忘れていったでしょう。持ってきましたよ」


「ありがとうございます。いつか読み返すかも知れません」


「慣れない土地で困っているのではありませんか。風習も文化も違いますし」


「皆良い人たちばかりです。調べたのですが、来週はお祭りがあるそうですよ」


「私のこと、苦手だったでしょう」


「ええ。でも、今はそうでもありません」




「お話ができてよかった。ではこれで」


 ダーレンは笑顔で会釈をして、去っていった。


「……そうか、お父さんか」


 アンナは何かを思い出す様に、遠くを見ていた。


 何かがすれ違っているような気もしたが、オレは何も言わずにいた。

 プシュン、とモフがくしゃみをした。オレは彼が風邪を引く前に家へと帰った。



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