第14話
「オレさん、あなたには証言台に立ってもらいます」
奴隷制度廃止団体の弁護士――ソレイユの表情はいつも以上に硬く引き締められている。
「あなたの仕事はアレス・グラントによる過去の虐待について話すこと。原稿はここに」
「アレスは彼女を、家族にと」
ソレイユが机を指で叩く。
「私の仕事は奴隷階級である彼女の弁護です。未だ亜人種への偏見は強く苦戦するでしょう。オレさんの証言は大変重要になるはずです」
オレは何も言い返せず、原稿を受け取って席を立った。
背後に控えていたオデがソワソワしている。
「はじめてみたど」
「あ、そうか。憧れだもんな」
くたびれた法律書を背中に隠して、オデはソレイユを見ている。
オデの様子を見てソレイユは自嘲的な笑みを浮かべた。
「弁護士は時に手段を選ばぬものです。不利な真実を覆い隠すなどよくある。幻滅しましたか」
「重々承知しているど。心中お察ししますど」
オデは頭を下げる。
エルフ、ドワーフ、ハーフリンク、マンティコア、ラミア、アルラウネ……――
雨の中、裁判所の前には亜人種を連れた多くの傍聴希望者が立っていた。
傘の下に居る奴隷はまばらで、多くは雨に打たれるまま。
裁判所に入るとあの少女がソレイユの隣に居た。血に濡れたエプロンドレスは脱がされ、真四角に切られた布切れが彼女にはかけられていた。
「開廷します」
「事件当日、被告は主人である被害者をナイフで刺し、逃亡したと考えられます」
「被告人は証言台へ」
「………」
「被害者はかろうじて一命を取り留めましたがその傷は致命傷になりえた、あきらかな殺意を持って被告はナイフを刺したと考えられます」
「被告人は証言台へ」
「………」
「弁護人」
「殺意を持つにいたる事実が、被告と被害者の間には積み重ねられていました。虐待の目撃者は調査しただけでも二十八人に上ります。そのうちの一人がここに」
「証人は証言台へ」
証言台へ向かう。
傍聴席にはココがいた。オレは一瞬ためらったが、歩みを進める。
「証人オレ・アースディン、被害者との関係は?」
「知り合いです」
検事が腕を上げる。
「アレスは友人だと周囲に喧伝していたようですが?」
「一方的に言っていただけです。彼は乱暴者で、よくオレを」
「証人は聞かれたことだけ答えるように」
裁判官にたしなめられる。呼吸を整え、原稿を思い出す。
「たしかにアレスは被告を虐待していました。オレたちが注意するまで、彼は鎖を外そうとしなかったし、衆目のある場所で被告を転倒させて、笑っていました」
「他に注意する者はいなかったのですか?」
「グラント家は名のある貴族です。真っ向から注意するなど誰にもできないでしょう」
「それがなぜあなたには、いいえ、『オレたち』と申しましたね、あなたとその従者にはできたのですか?」
検事が詰め寄る。
オレが沈黙していると、彼は手を広げてソレイユと傍聴席へ視線を投げかける。
「証人が所有する奴隷を、あなた方は見たことがありますか? 見上げるほどのオークです。被害者を暴力的な手段で脅したのではないですか?」
予想もしなかった太刀筋に、オレは動揺する。
「いいえ。きわめて理知的に注意しました」
「暴力で諫められた被害者を見て、被告もまた暴力でなら『自由』を得られると学習したのではないですか?」
「……いいえ、それは考えられません」
検事が息を吐く。
「なぜわかるのです? 亜人種の少女の思考が」
オレは頭を振る。
「それはそちらにも言えることでしょう」
「騎士団には亜人種の研究を続けている専門の魔術師が在籍しています。その専門家からの意見に則ってこちらも質問をしているのです。オークの奴隷を所有する理由に、敵わない昔なじみに暴力で勝とうという思いが無いとは言い切れませんよね」
「……オデは暴力を振るっていません。オークだからといって暴力的な手段に出ると思わないで欲しい!」
「証人は聞かれたことだけ答えるように」
オレは、ハッ、とする。裁判官が槌を振る。検事は両手を上げている。
「すみません。証言は以上です」
オレは一礼して、証言台から降りる。
「落ち着いて」
席に戻る直前、ソレイユが囁いた。
「すみません」
質疑応答が続く。
「被害者は被告を家に迎え入れようとしていました。奴隷としての階級を取り払うつもりだったのです。そのような主人にナイフを向けるなど、亜人種の残虐極まりない性質がやったとしか思えません」
「被告人は証言台へ」
黙り続ける少女に証言を要求する。形だけの儀式が繰り返される。
しかし、今回は違った。
「………っ」
少女が初めて口を開いた。
「被告人」
「地獄、だった」
少女は、共通語を話した。
「いつ、また、殴られるか、ビクビク、逃げられない、『奴隷じゃなくしてやる』、言われても、安心、なかった」
少女が両手で顔を覆う。
「アイツ、指輪、もってきた。足枷、に、見えた」
裁判は閉廷した。
「まだ第一審ですが、オレさんの仕事は終わりました。おつかれさまです」
ソレイユが頭を下げる。
「……彼女が」
「彼女は留置所へ戻るでしょう。出産に備えたケアも許可されるよう呼び掛けていますが、何か気になることが」
「いえ、彼女が受けた傷は、なにがあっても消えないんだなって」
ソレイユは目を見開き、そして珍しく悲し気に俯いた。
「そうですね」
裁判所を出る。階段を降りていると、待合室にいたオデがこちらを見ていた。
「うまくいったど?」
少し興奮気味に、オデは言った。
「……ああ」
オレは嘘をついた。
しかしオデは緩んでいた口を結んで、それから微笑んだ。
オレの嘘を見透かしているようだった。
モフが待っている家へ、オレたちは歩いて帰った。
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