第13話



「固焼きパンを二つ」

「ありがとうございます」


 アンナはパンを棚から出して、紙袋へ入れていく。


「銅貨二枚です」


 オレはカウンターに銅貨を置く。

 パンでいっぱいになった紙袋を受け取って、オレは軽く会釈をする。


「わたしは信仰に準じることができなかった」


 アンナは言った。


「貯金が溜まったらローズの実家へ帰るつもりです」


 彼女の声は震えていなかった。


「いつもありがとうございます」


 アンナは軽く頭を下げて、次の客の応対に移った。




「それで私思いましたの、男性が二人で同じ屋根の下で暮らしてるなんてそれってまるで……あの、オレさん?」


 ココの『なんでもない会話』を聴きながら、紅茶で唇を湿らせる。


「婚約の解消、まだ考えていらして?」


 ココはふと、視線をそらした。


「オレは、あなたに相応しくないと思うのです」

「父のことは忘れて」

「家督は弟に譲りました。ご存じでしょう。アースディン家との深い繋がりは持てない」


 と、ココの瞳から涙が零れ落ちる。


「他に思いを寄せる方がいるのね」


 ココの言葉にオレは頭を傾げる。


「そんなことは」

「パン屋の彼女は元気にしていましたか」


 ココはハンカチを取り出して目頭に当てた。

 その手は震えている。


「教えました。この家から出て来た彼女に。ルノボグ教が転生を否定する教義だとは下調べしていたので」


 オレは席を立つ。


「ごめんなさい、悪いとは思っているわ」


 庭に降りたところで、ココの言葉にオレは立ち止まる。


「あの人は友人だ」

「あなたのこと、好きよ。そんな偽善者なところも」


 オレは振り返ることが、できなかった。


「……そろそろ門限の時間ですね」


 立ち止まったオレの横をすり抜けて、ココは馬車に乗り込んだ。




 雨が降る。

 顔に落ちてくる雫が、ふと途切れた。


「ご主人様、お風邪を引きますど」


 見上げるとオデが傘を差している。


 オレは頷いて、家に入ろうとした。


 通りの方が騒がしい。


 門の前を、赤く染まったエプロンドレスの裾が、通り過ぎていった。


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