第9話


 門の前で馬車が止まった。

 見覚えのある銀色の姉妹が降りて来る。


「ここがあの男のハウスね」

「遊びに来てやったわ」


 コレットとドレシアだった。


「彼女たちがどうしてもと言うので」


 馬車を操っていたのはソレイユだった。

 オレは断ることもできず三人の淑女たちを客間へ招く。


 そのまま自然な流れで、かくれんぼがはじまった。


「はじめて来る家でやることなんか一つしかないだろうがよォ!」


 コレットはそう叫んでいたのですぐに見つかった。


「居られましたど」

「不覚!」


 ドレシアは二階の空き部屋に隠れていたのをオデが見つけた。


「もう少しレディとして慎みを学んだほうがいい」


 オレの言葉に彼女たちは口を尖らせた。


「まあ、生意気」

「そんな時代遅れのレディ、岸壁伯に連れ去られてしまうよ」


 耳馴染みのない言葉にオレは頭を傾げた。


「岸壁伯とは?」


 ソレイユは息の上がったオレたちに紅茶を勧めて、ドレシアの代わりに答えた。


「子供向けのおとぎばなしですよ」


 それから彼女たちが帰るまで、オデは黙ったままだった。





 呼び鈴が鳴った。シスターのアンナだった。

 今日は来客が多い日だ。

 デッキに置いた机に木漏れ日が落ちる。


「あれからどうでしたか」

「司祭と二人でお話しました。あの詩集がいかにルノボグ神話と関わっているか、わかって貰えたようです」

「よかった」


 アンナの疲弊した表情を見て、オレは焼き菓子を勧めた。彼女は軽く頭を下げて手に取る。オレは紅茶を淹れる。


「その土地の信仰と折り合いをつけるのも大事だとわたしは思うのです。ルノボグ様の教えの素晴らしさを伝えるためには、ですが、司祭様は自分の解釈を曲げたくないようでして」

「それは大変ですね」

「オレさん」


 アンナはオレの顔を覗き込む。


「わたしはアンナ、北の国ローズの生まれです。両親は一人娘のわたしを大事に育てて大学まで面倒を見てくれました」

「急にどうしました」

「わたし自身の話が聞きたいとおっしゃってましたよね」


 アンナはオレの手を取る。


「『転生者』だと、どうして教えてくれなかったのですか?」

「………」


 木漏れ日が揺れる。


「教える必要がなかったので」

「『転生者信仰』はわたしたちの教義と決して融和できないものです。ルノボグ神話において死は絶対。特別な転生者など、存在してはならないんです」


 オレは頭を振る。

 アンナは、ハッ、と気付いて、体を引く。


「すみません、嗅ぎまわる気はなかったのですが」

「オレには、オレ・アースディンには、転生者としての特別な力はありません。この土地の民として、アースディン家の養子として存在するだけ、です」


 オレは自ら確認するように言った。


「申し訳ありません」


 アンナは言った。その目は潤んでいる。


「わたしが、あなたと出会ったから、出会わなければよかった」

「………」

「申し訳ありません」


 アンナは立ち上がった。それからデッキの隙間で盛大に躓いたので、オレは彼女を立ち上がらせた。


「しゅみません」

「そんなに謝らないでください」


 オレはアンナを寄宿舎まで送った。





 オレは本屋に立ち寄り、岸壁伯の本を手にした。


 『岸壁伯』はある一人のオークが名乗った称号だった。知恵と財力を持ちながら、貴族たちに迫害されたオークは彼らへの復讐を成し遂げる。

 しかしオークは一人の奴隷の女に恋をした。奴隷でありながら教養を身に着けていた彼女を、塔へ連れ去り幽閉した。

 女は隙をついて、手にした短剣で岸壁伯を刺し殺す。

 『愛するあなたに殺されるのなら』

 オークは最期にそう告げて、女は塔に独り残される。


 この物語をコレットとドレシアは読んだのだろう。あるいは、噂話で聞いたか。


 オレは買った岸壁伯の本を、本棚の奥へ仕舞った。


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