第10話


 オレはルノボグ教会を訪ねた。


「ああ、また来ていただけたのですね」


 司祭は教典を差し棒でめくっている。


「先日は失礼しました。途中で帰ってしまい」

「アンナさんにご用でしょうか」


 司祭はメガネを直し、頭を振った。


「嘆かわしいことです。『転生者』と呼ばれる者を神聖な教会に入れるなど」

「それについては謝ります」

「いいえ、あなたの責任ではありません」


 オレは頭を傾げた。


「あなたを祭り上げた周囲の人間の責任です。それに気付けなかった彼女は、己を恥じて出奔しました」

「……どこへ」

「さあ、どこへでしょうね。故郷へ帰ったのかも知れません」


 オレは教会の床を見つめる。

 敷布は血のように赤い。


「彼女の言う通り、土地の信仰との融和も考えたほうがいいでしょうね」


 司祭の呟きが空間に響く。

 オレは教会を出た。





 酒場から出て来た男に気付いて、オレは目を見開いた。

 オデをオレに売った人買いがそこには居た。


「やべっ」


 人買いは短く叫んで走り去ろうとした。

 オレはその腕を引く。


「なんだ、返品なら受け付けてないよ」

「違う。オデの……あいつの過去を知りたい」

「………」


 人買いは無言で人差し指と親指をこする。オレは銀貨を出して人買いに渡した。


「最初はエルフのガキを買おうとしてたんですよ。そりゃそうだろ。頭も弱い賞味期限も長い買うならエルフに限ります。そしたらあれが通りかかりましてね」


 人買いは続ける。


「エルフどもを自分の身で買い取ると言い出したんです。オークなんて商売敵ですよ。昔はあいつらもさんざんやっていたくせに、なにを今更かと思いましたが、まあ、それも面白いかと思ってね」

「話が見えない」


 オレは言った。


「まだわかってないんですかい? オーク種で高等教育を受けてる存在なんて限られてるでしょうに」


 人買いは声をひそめた。


「岸壁伯の末裔ですよ」





 オレは家に戻って来た。


「おかえりなさいませだど」

「ああ」


 コートをオデに預け、いつものようにキッチンで料理をする。


「ご主人様は、奴隷にどんな過去があっても追い出したりはしないど?」


 扉の向こうからオデが話しかけて来る。


「場合によるかな」

「……正直で、うれしいど」


 背中を向けたまま、オレは肉を切る。

 少しの沈黙のあと、オデが言葉を紡ぐ。


「先祖の罪を雪ごうとしたど。バカな話だど」

「もういいよ」


 オレはそれだけで十分だと思った。


「わかったから」


 話はそれで終わった。

 食材をオーブンに入れてあとは待つだけになった。オレは振り返る。


「……?」


 そこにオデの姿はなく、ごはんを待つモフがヒャン、と鳴いた。

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