第7話

「すまないオデ、今日は遅くなる。夕食は勝手に食べていてくれ」


 オレは慌てて玄関に降りる。


「いってらっしゃいませだど」


 オデは頭を下げた。

 その足の間をモフが駆け抜けて、オレに飛びつく。


「そうだった。散歩とブラッシングと、あとモフの分の夕食も頼むよ」

「が、がんばりますど」


 オレは門を出た。





 会場には無駄に煌びやかな装飾が施され、ほとんど口にされない料理がテーブルに並んでいる。

 援助は打ち切ったというのに社交界には顔を出せとは。オレは心の隅で思った。


「オレさん、シガー家が来ています。御挨拶に伺っては?」


 母がオレに耳打ちする。疑問形だが命令と一緒だ。


「そうさせていただきます」


 飲み物を貰い、席へ向かう。

 シガー家の一人娘がこちらを振り返った。その顔がぱっと、笑顔になる。


「オレさん。お久しぶりです」

「どうも、ココ嬢」


 彼女はオレ・アースディンの許嫁でもある。


「そうだ、オレさんはルノボグ教会を知っていますか?」


 聞いたことのある名前だ。オレの脳裏にシスターの表情豊かな顔が思い浮かんだ。


「近ごろ強引に信者を集めている新興宗教ですって。気をつけてくださいね」

「わかりました」


 ココの顔がふと曇って、オレを上目遣いに見上げる。


「お父様のことは気になさらないでくださいね」


 オレは数年前の痛みを思い出し、自分の頬をさする。


「軍属するもしないも、自由だと思うのです。わたくしは」

「いや、あの件はオレが悪い。自分の口を縫い合わせておけばよかった」


 曇っていたココの表情が笑いを堪え始めた。


「今は家庭教師をしています。トライデン家の」

「まあ、コレット様とドレシア様、どちらの?」

「両方です。いつも大変で」

「でしょうね、ふふっ」

「ココ嬢」


 オレは言おうと思っていたことを言った。


「婚約は白紙に戻さなくていいのですか」


 ココは一瞬茫然として、それから悲し気に笑った。


「やっぱり、ご自分のお口を縫い合わせたほうがいいですわ」


 今回も駄目だったらしい。オレは口を閉じて、飲み物で湿らせた。





 パーティーの帰り。

 オレは母が乗った馬を引き、本家まで送った。


「オレさん。あなたを『転生者の地』で拾ってから十二年が経ちましたね」


 オレは何も言わなかった。母は馬上で続けた。


「あなたのことは、我がアースディン家の跡取りとして大事に育てて来たつもりです」

「ええ、感謝しています」


 オレは答えた。


「でも、ご嫡男が生まれました」

「………」

「オレの役割は終わりです。カールによろしくと」


 まだ幼い弟の名を口にして、オレは立ち去ろうとした。


「己に恥じぬ生き方をなさい」


 母の言葉が届いた。






 家に帰るとモフが走って出迎えた。


「ただいま」


 モフを抱えて玄関を通る。なんだか焦げ臭いことにオレは気付いた。


「まさか」


 慌ててキッチンに向かう。

 扉を開けると煙が噴き出してきた。


 オデが真っ黒になったフライパンを手に、しょぼくれていた。


「お料理は得意じゃないですど……」


 オレは火の手がないことに安堵の息をついて、鼻にしわを寄せたモフを下した。


「ごめんだど」

「今から作るよ。オレもはらぺこなんだ」


 オレはオデの手からフライパンを貰って、炭化したオムレツをとりあえず、皿に移した。


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