マスターとヨゲツと二人乗りタンデム自転車

藤泉都理

マスターとヨゲツと二人乗りタンデム自転車




「マスター。相談があります」


 言葉を忘れたのではないかと危惧するくらいに、ここ数か月一言も発さなかった我が研究の粋を集めて創造したAIロボット、ヨゲツは神妙な表情をして淡々と言った。

 ここ数か月、土埃を纏い、小さな、ではあるものの傷もたくさんこさえてきたヨゲツの相談内容を予測しては、まさかと、戦慄が走った。


 まさか、故障した上に修理不可能になったので、廃棄処分してくださいという相談ではなかろうか。


 ごぐり。

 曲がってはいけない方向に足首が曲がってしまった音が如き、鈍い音を立てながら生唾を飲み込んでは、ヨゲツの言葉を前のめりになって待った。

 間を置かずしてすぐに、ヨゲツは神妙な表情とは裏腹に、淡々と相談内容を話したと思う。

 しかし私にとっては、数時間もかかったように思えて、ヨゲツが相談内容を話し終えた時には、疲労困憊の状態になってしまっていた。




「え?なに?自転車に変形できるようにしてくださいってどうしてだ?」


 疲労困憊の状態に陥ってしまった私は、少し待ってくれとヨゲツに断りを入れてのち、ベッドで三十分、のつもりが三時間の睡眠を取って、あ、ちょっとは体力が回復したかなと思えるようになった頃、また回転椅子に座ってヨゲツと向かい合った。


「おまえはバイクに変形できるからそれでいいんじゃないか?」

「マスター」

「何?」

「実は私、バイクが嫌いなんです」

「え?」

「バイクというより、排気ガスを撒き散らす乗り物が嫌いなんです。いえ、最初から嫌いではありませんでした。この世に誕生して、色々学習して、嫌いになりました」

「え、あ、そう。好き嫌いができるようになったのか。それは成長著しくて何より、だが。おまえの変形するバイクの種類は、電動バイクだから、排気ガスを撒き散らさないだろ?」

「排気ガスを撒き散らしているような気分になるので嫌なのです」

「ええーーー。それで自転車がいいって?」

「はい」

「えーまあ。そういう事なら。別に改造してもいいが」

「ありがとうございます。マスター」


 ヨゲツは喜色満面の笑みを浮かべて、淡々と言った。











「よし。何とかごまかせませたね」


 一週間後。無事にバイクから自転車への変形改造を終えては、遊びに行ってきますとマスターに見送られながら家を出たヨゲツは、空き地で自転車に変形した。

 変形しては、自転車の気持ちを考えた。


 実は、ヨゲツ。マスターに隠れて、ひっそりと自転車乗りの練習をしていたのだ。

 マスターと二人乗りをする為に。

 近所の野菜店の奥様から要らなくなったからと、お古の自転車をもらって、その奥様のお子様たちに、時々、自転車乗りの練習に付き合ってもらっていたのだが。

 どうしても、乗れないのだ。

 倒れる、倒れる、倒れるの連続である。

 そもそもが、後ろを支えていてもらわなければ、足を地面から離してペダルに乗せる事すらできない。

 これではだめだ。マスターを荷台に乗せて二人乗りなど、夢のまた夢の話。

 マスターの寿命が先に潰えてしまう。


 ヨゲツは考えた。考えて、考えて、考え抜いた結果。

 自転車になればいいとの答えを導き出した。

 よく人間は言う。

 相手の気持ちになって考えてみろ、そうすれば解決策が見つかるだろう。

 それである。

 自転車になって、自転車の気持ちになれば、自転車に乗れるようになれるに違いないのだ。

 本当は自分で改造したかったのだが、自分の手で改造できないように回路が組み込まれているので、泣く泣くマスターにお願いした次第である。


(よし。これで、自転車に乗れるようになる。自転車に乗れるようになったら、スマートにマスターを家まで迎えに行って、それから、マスターを乗せて、海沿いの道路を走るんだ)


「よし。やるぞ」


 ヨゲツは自転車になって、自転車の気持ちを考え続けた。





















「え?自転車の二人乗りは禁止されているのですか?え?でも、お母様と幼子様は二人乗りされていますよ」

「運転する人が十六歳以上、自転車に専用のチャイルドシートを装備、同乗者が一歳以上六歳未満の子ども、この条件なら三人までなら複数乗りは認められているが、それ以外は基本的に認められておらず、破れば二万円以下の罰金、または一万円以下の科料が科せられる」


 三年後の事である。

 ようやく。ようやくだ。自転車に乗る事に成功したヨゲツがドヤ顔でマスターを家まで迎えに行ったのだが、告げられた言葉はあまりに残酷であった。


「マスターと、自転車で、二人乗り」

「ああ。えっと。おう。バイクなら二人乗りできるぞ。条件があるが」

「マスターと、自転車で、二人乗り」

「バイクはいいぞう。疲れないし。遠くまで二人で行けるぞう」

「マスターと、自転車で、二人乗り」

「ええっと。うん。あ~。し、私道なら、大丈夫、か、なあ。うん。レンタル。あ!」


 或るサイトを見つけた私は、ヨゲツの手を引っ張って向かったのであった。











「いいですか?マスターは絶対に漕いではいけません」

「はいはい。マスター。絶対にペダルを漕ぎません。ペダルに足を置いていますけど、絶対に漕いでいません」

「はい。よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」

「では。尋常に」


 電車とバスを乗り継いでやって来たサイクルスポーツセンターで、レンタルした二人乗りタンデム自転車の前部座席に乗ったヨゲツは、マスターが後部座席に乗ったのを確認してのち、言葉を交わして、夢であるマスターとの二人乗りを実現させたのであった。


「マスター。楽しいですか?」

「うん。楽しい」


 楽しいって言うか。とっても、いい運動になりそう。

 うん。

 ペダルに足を乗せなければよかったな。

 ペダルを漕いでいないのに、激しい筋肉痛に襲われそう。

 でも、ペダルから足が離せない。

 あはは不思議だな不思議だねとっても不思議だあ。


「マスター。とっても楽しいです」

「うん。そうだね。とっても楽しいよ」

「えへへへへ。私、頑張って漕ぎますね」

「え?う、うん。あひゃ。あははははは」


 バイクの方がまだ安全だったかもしれない。

 ふと、私は思った。

 だって、速度に制限が設けられているから。

 いや。ペダルがないから。


(ふっ、まあ。ヨゲツのこんな顔を見られるなら)

(よかった。マスター、喜んでくれて。私もすごく嬉しいです)











(2024.4.25)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マスターとヨゲツと二人乗りタンデム自転車 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ