ポッケ・ヘイロー

第11話 反逆者

 第七宙域連合に所属する戦艦・セントローレルは、第二コロニー『ヨークバイン』停泊中に艦船トラブルに見舞われた。けれどそれは軽微なもので、復旧後、他の艦船に遅れて第一コロニー『レイバスク』へと向かっていた。


 そのセントローレルから支援要請が入ったのは、レイバスク会議の予定開始時刻三十分前のことだった。その報せは、すぐにレイバスク周辺の警護にあたっていた第七宙域連合の艦船にも伝わった。


 漆黒のレイダーによる襲撃。


 多くの者にとって、それは想定内のことではあった。けれどその規模も分からぬ上にレイバスク会議の開始が迫るという状況のなかで、第七宙域連合の初動は固くならざるを得なった。

 どれだけの戦力を割くか思案するなかで、まずはセントローレルに最も近く位置していた戦艦・コスモヘイローに指令が下った。セントローレルの救援要請より、約十分後のことだった。


「スレイン小隊、発進どうぞ」


 コスモヘイローのオペレーター、アカリ・ユーグノーがそう言うと、五機のレイダー『レイティス』がハッチから飛び立っていった。


「セントローレルは?」


 ポッケの問いかけに、戦況分析士のジュノン・バースが、


「まだ見つけられません」


 と答えた。索敵をかけるコスモヘイローだが、敵機はおろかセントローレルすらも発見できない。すぐ先はスペースデブリで、破壊された艦船やレイダーの残骸などが墓標のように漂っている。


 変ね……。いくら宇宙嵐がひどいからって、救援要請があったのはこの辺りに違いないのに……


 ポッケは顎を撫でながら、嫌な予感に襲われていた。随行する重巡洋艦・ロットルルード、駆逐艦・モスナビィに通信を送るが、どちらもコスモヘイローと同じような状況だった。

 誤情報ということはないだろう。ならばセントローレルはすでに撃墜されてしまったか、もしくは上手くこの場を逃れられたか。もしそうでないとしたら、考えられることとすれば……


「おい、嬢ちゃん。で、どうするよ?」


 スレイン・ドレイク大尉の酒焼けした声に、ポッケはどう答えたものかと瞬間悩んだ。自身の方が階級は上だが、スレインの方が二回り近くも年上で、その上、潜ってきた修羅場も数多い。中途半端な判断は下せない。

 だからと言って、判断を下せないというのは問題外だ。戦場での逡巡は仲間を殺すことになる。それにスレインは部下想いで有名で、部下を守るためならば上官だろうとも容赦はしない。


 その時だった。ブリッジに緊急通信を告げるアラートが響いた。それは司令部からで、レイバスク襲撃を報せるものだった。

 騒然とするブリッジ。ポッケはスレインに、コスモヘイローの周囲を警戒するように伝えた。


 その直後に、レーダーに反応が見られた。


 第七宙域連合の登録下にある艦船を示す緑の点が、コスモヘイロー、ロットルード、モスナビィを取り囲むように六つ現れた。けれどそれは明らかに不自然で、誰もがよからぬ事態を想定した。

 すぐさまコスモヘイロー、ロットルード、モスナビィのレイダー部隊が、三隻を守るように展開する。ポッケはそのうちの一隻、セントローレルに通信を試みるよう命じると、唇を噛みしめた。


「お久しぶりですね、ポッケ艦長」


 モニタに紳士然とした初老の男が現れた。その男こそセントローレルの艦長、ナッシュ・バロー大将だった。


「お久しぶりです、ナッシュ艦長。これは、どういうことでしょう?」

「あなたのことです、もうお分かりでしょう?」

「物分かりが悪いもので、直接言葉にしていただかないと困ります」

「そうですね。争いのほとんどは、自惚れと言葉の足りなさから始まるものです」 


 ナッシュは指を組むと、ポッケに微笑みかけた。その姿はポッケの知るナッシュの姿と変わらない、聡明で思慮深く、人々から尊敬される艦長の姿そのものだった。


「我々は同胞のため、宙域連合及び国際統合機構に反旗を翻します」


 ナッシュの声色には、怒りも悲しみも感じない。ただ事実を淡々と述べているかのようだった。


「その同胞というのは、ユニグラントのことですか?」

「違います。この世界の歪な構造そのものに対抗するのです」

「武力を持って対抗すると?」

「野蛮だと嗤いますか?」

「軍人だけじゃない、多くの民が死にますよ」


 ポッケの言葉にナッシュは微笑む。見透かされている。自身の言葉の脆さなど、ポッケが一番よく理解している。


「熟れた民主主義というのは、無自覚と無関心の上に成り立ち、無数の独裁者の下にあるものです」


 恐らくこの人たちの意志は、暗い水底に溜まった澱のようなもので、そう簡単には変えられない。ならば衝突は避けられない。


「ポッケ・ヘイロー艦長、アミヌ・イドリース艦長、フォン・ユー艦長。我々に力を貸してはくれないでしょうか?」


 それは予期せぬ申し出だった。ナッシュはまっすぐにこちらを見つめており、その目に嘘はなかった。

 

「お断りした場合は?」

「それなれば、戦うしかないでしょうね」


 ここにコスモヘイロー、ロットルード、モスナビィが派遣されたのも、恐らくは最初から決まっていたことだろう。


 内部に多くの裏切り者がいる。もしかしたら、親しくしていたあの人も……


 ポッケは、自身の心の揺らぎを感じた。それは戦場で感じるものとはまた違う、内側で蛇が這い回っているかのような感覚だった。


「ナッシュ・バロー艦長。私はあなたの戦術を参考にして、ここまでやってまいりました」


 アミヌの言葉に、「そのようですね」とナッシュは返す。


「お人柄も聞いております。部下や民を想い、たとえ臆病者と言われても、被害の少ない策を採る。そして敵であろうとも、手を差し伸べることを忘れない。私はあなたのような艦長になりたいと、今でもその想いに変わりはありません。ですが、それでも……」


 アミヌは声を振り絞り、


「私は、軍人でしかないのです」


 と続けた。それにフォンは、「同意」と軽い口調で同意した。残る応えは、ポッケのみ。ポッケはアームレストを握りしめて、


「そうです。我々は軍人です。ナッシュ艦長。あなたのしようとしていることは、反逆者と同じです」


 と言った。


「まだまだ、私の審美眼も馬鹿にならないようですね」


 ナッシュは嬉しそうにそう言うと、「ならば、これ以上は無駄ですね」と通信を打ち切った。

 その途端、レーダーに緑と赤の点が現れて、それらはコスモヘイロー、ロットルード、モスナビィに向かい移動を始めた。

 


 

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