第10話 泡沫
万事休す。普段は強気で楽観的なルージュでも、その時ばかりは、すべてを諦めかけていた。
「待たせたな」
ノイズに混じり、あの男の声がした。ルージュはすかさず、
「おせぇよ」
と苦笑いで言い返す。それに男は、「よく耐えた。勲章もんだ」と冗談か本気か分からない軍人らしい声色で返す。
索敵レーダーを見れば、恐らくは男の駆る機体だろう、緑色の点がもの凄い速度でこちらに向かっているのが分かる。
その異変に漆黒のレイダーのパイロットも気づいたようで、ルージュに向かう動きが止まる。
「下がれ。そこじゃ巻き込まれるぞ」
「わぁった」
言われた通り、ルージュは更にその場を離れる。メインカメラが、一機のコルスタッド、それも白兵戦に特化された強襲型の姿を捉える。
「単独かよ」
「無理言うな。こっちもこっちで大変なんだ」
「人手不足って?」
「そんなもんだ。よし、ちょっと黙ってな」
コルスタッド・強襲型の肩部から、追尾ミサイルが発射された。漆黒のレイダーは急発進すると、縦横無尽に機体を動かす。その後を、追尾ミサイルが白煙を上げて追いかける。
漆黒のレイダーは追尾ミサイルをかわしながらバルカンで撃ち落とし、旋回してコルスタッド・強襲型に向かう。コルスタット・強襲型もそれに応じて、スラスターを噴かせた。
「若いな」
男は呟いた。恐いほどに冷静な声だった。わずかに言葉を交わした程度だが、ルージュにしては珍しく、男に対して好感を抱いていた。それでもルージュは、男のその反応が嫌だった。
馬鹿だな、私は。
ルージュは誤魔化すようにポケットからハンカチを取り出すと、ニイナの顔についた血を拭う。大分落ち着いたようで、ニイナの呼吸も表情も、先程よりも穏やかなものになっていた。
コルスタッド・強襲型が、腰元の柄を抜き取った。そこから短刀のようにビームが出力される。通常のコルスタッドにはない装備、セッツァーだった。
二機は速度を緩めることなく接近すると、衝突する寸前で切り結び、すれ違うように離れていく。そして旋回すると、再び互いに接近する。
まるでサーカスだ。
命のやり取りをしているというのに、それはどこか美しかった。戦争なんていうものは、傍目に見ればその程度なのかもしれない。ルージュには、それがやるせなかった。
生きるか死ぬか。戦場ではそれだけだ。
互いに隙のない動き。機体の性能を十二分に引き出している。決着がつくとすれば些細なミスか、それとも……
切り結んだあと、コルスタッド・強襲型が、脚部の追尾ミサイルを発射する。距離が近かったからだろう、漆黒のレイダーはシールドをかざす。
一発はそれて、もう一発はシールドでふさがれた。けれどその衝撃で、漆黒のレイダーは後方に吹き飛ぶ。
当然、それを逃すようなパイロットではない。コルスタッド・強襲型は一気に距離を詰めて、セッツァーで右腕を切り落とす。
距離を取ろうとする漆黒のレイダー。けれどコルスタッド・強襲型はその正面に回り込むと、腰についた一対の砲門から実弾を発射した。
「硬いな」
実弾は漆黒のレイダーの胸元に直撃したが、損傷は与えても、貫通まではしなかった。漆黒のレイダーはよろけながらも左拳を突き出すが、そちらも無残に切り落とされる。
「投降しろ。悪いようにはしない」
男は言った。けれど、それに対する応答はない。そうなれば、あまりいい結末にはならないだろう。
漆黒のレイダーのスラスターからは、故障だろうか、黒煙が上がっている。誰の目にも、勝負はついていた。
それでもスラスターを噴かせて、漆黒のレイダーは接近を試みる。けれどコルスタッド・強襲型は、漆黒のレイダーから距離を取る。
次の瞬間、ふらふらと飛行する漆黒のレイダーが、轟音を響かせて爆発した。
黒煙が風に揺らぐ。漆黒のレイダーは跡形もなく吹き飛んで、その欠片がパラパラと落下していく。なんとも呆気ない幕切れだった。
「馬鹿野郎が」
男の声は、やはり冷静なものだった。けれどルージュには、その奥にあるものが垣間見えたような気がした。
「さすがナイトさん」
「ニイナは無事か?」
「大丈夫だとは思うけど、早く医者に診てもらった方がいいだろうね」
「そうか。その、なんだ、俺が言うのもあれなんだが……」
「なにさ?」
「助かった」
いい軍人だ。ルージュは、率直にそう思った。
「で、私は軍法会議にかけられるのか?」
「基本、民間人は対象外だ」
「基本ね」
「君に不利益がないよう善処する」
「頼むよ」
事情があったにせよ、勝手に軍のレイダーに乗り、戦闘を行ったという事実は変わらない。機密事項を知ってしまった人間が、その後も前と同じような生活を送れるほど、軍は甘くもなければ優しくもない。
だからといって、ルージュは自身の行いを悔いてもいなければ、不安にも思ってはいなかった。恥じることはしていない。後は、なるようになるだけだ。それ以上でも以下でもない。
「じゃ、ナイトさんに従えばいい?」
「そう言ってもらえるのはありがたいんだが、そのナイトさんってのは止めてくれ」
「なんで? いいじゃん、カッコいいし」
「馬鹿にしてるだろ?」
「んじゃ、なんて呼べばいいのさ?」
「あ~……」
男はしばし沈黙してから、
「クラウス・アーレント。俺の名だ」
と言った。それにルージュは、
「ルージュ・スカーレット。私の名だ」
と返した。妙な間が空き、「赤すぎるな」とクラウスは笑った。それにルージュは、「軍人が言うと、別の意味に聞こえるな」と笑い返した。
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