第9話 窮鼠

 ルージュは、無線のスイッチを指で押し上げた。するとノイズ混じりに、若い男の声が聞こえてきた。


「おい、ニイナ! 返事をしろ!」


 ルージュはアクセルペダルを踏み込んで、空中移動に切り替える。


「聞こえないのか! おい!」


 ルージュは大きく咳払いをしてから、 


「すまんね、ニイナじゃなくて」


 と冗談めかして言った。それに男は、虚を突かれたようだった。ルージュは誤魔化すようにクスクス笑い、


「手短に言う。このままじゃ、私もニイナは死んじまう。それが嫌なら、さっさと助けに来るんだね」


 と打って変わって真剣な声色で言った。


「どういうことだ?」

「そのままの意味。あの黒いのに追われてる」

「お前は誰だ?」

「ただの民間人」

「なぜ民間人が乗っている。ニイナはどうした?」

「時間がない。助けてくれたら説明する。大丈夫、私は敵じゃない」

「ニイナはいるのか?」

「いるよ。でも、意識を失ってる。多分、軽い脳震盪」


 男は数秒沈黙し、


「場所は?」

「ルート33の十字路……、ルックレアとパルキース、あとはモーテルが見える」

「フォースノーの辺りか」

「逃げてるから、場所は変わるよ」

「敵の数は?」

「一。すぐに追いつかれると思う」

「戦闘経験はあるのか?」

「ない。レイダーに乗るのも四回目」


 男が、息を吐くのが聞こえた。恐らくは、男も最悪の状況を想像したはずだ。けれどそれを表に出さす、


「すぐに向かう。生き残ることだけを考えろ」

「当然」


 通信が切れた。漆黒のレイダーは、もうすぐそこまで迫っていた。ルージュは、ベルテッドからバルティエラに武装を変えた。


 頼むよ、見知らぬナイトさん。


 どれくらい持つかは分からない。でも、やるしかない。単純な話だ。ルージュは冷静に腹を括った。

 ロックオンされたことを知らせる警告音が響く。振り返れば、背後に漆黒のレイダーが見えた。

 ルージュはアクセルペダルとブレーキペダル、レバーを素早く操作して、なんとか逃れる。けれどすぐに警告音が鳴り響く。


「意外とクルね」


 ルージュは、パイロットスーツすら着ていない。体に対する負荷は相当なものがあるだろう。それでも歯を食いしばり、辛抱強く耐えていたが……

 漆黒のレイダーの脚部から、数発の追尾ミサイルが発射された。それらは煙を上げながら、コルスタッドに向かい飛んでくる。


「やれる、やれる」


 ルージュはコルスタッドを反転させて、肩部の追尾ミサイルを発射した。それらは煙を上げて、うねるように飛んでいく。そしてぶつかり合ったミサイルが、激しい音と共に爆発する。

 それでも撃ち落とせなかったミサイル二発が、コルスタッドに向かい突き進む。そのうちの一発はどこかへ逸れた。そして残りの一発を、ルージュはシールドを使って防いだ。


「くっ……」


 けれどその衝撃はすさまじく、コルスタッドは後ろに吹き飛ぶ。その間にも、漆黒のレイダーはルージュに迫る。

 ルージュは後方に吹き飛びながら、仰向けの状態で高度を下げる。人工の空に、漆黒のレイダーが映った。


「当たれっ!」


 バルティエラから放たれたビームが、漆黒のレイダーに向かって飛んでいく。けれ

どそれを、漆黒のレイダーは軽々かわす。ルージュは舌打ちをし、アクセルペダルを踏み込み距離を取る。

 それを見た漆黒のレイダーはコルスタッドよりも高度を下げると、更に速度を上げて接近する。ルージュはコルスタッドを反転させると、左右のペダルを同時に踏み込み、急速に高度を上げた。

 漆黒のレイダーの腕部から放たれたバルカンが、霰のようにコルスタッドに向かい飛んでいく。ルージュはシールドでそれらを防ぐが、脚部まではカバー出来ず、損傷を知らせる警告音が鳴る。


 いいぜ、やってやるよ。


 漆黒のレイダーの手にした柄に、ビームが出力される。ルージュはバルティエラを放り捨て、ベルテッドを掴んだ。


 引いたらやられる。


 ルージュは、アクセルペダルを踏み込んだ。漆黒のレイダーも、応じるようにスラスターを噴かせた。

 八の字を描くように両機は接近し、ぶつかり合う瞬間に、ルージュはバルティエラを突き出した。

 けれどその刹那、コルスタッドの腕は、無残にも漆黒のレイダーによって切り落とされた。


 切断面で火花が上がる。ベルテッドを掴んだ腕が、そのまま地面に向かい落下していく。それがルージュには、スローモーションに見えた。

 コルスタッドには、もう碌な武装など残っていない。けれどここで引いてしまったら、次の瞬間には踏み込まれて、コクピットを貫かれてしまう。


「まだぁぁぁっ!」


 ルージュは、叫びながらレバーを押し上げた。コルスタッドは勢いよく前に突っ込み、漆黒のレイダーの胸部に肩をぶつけた。

 激しい衝突音が響く。それには不意を突かれたようで、瞬間、漆黒のレイダーの動きが止まる。それをルージュは見逃さず、


「クソったれ!」


 漆黒のレイダーの腹部に蹴りを入れた。そして再び距離を取るが、状況は絶望的だった。そしてそれは、ルージュが一番よく分かっている。

 漆黒のレイダーが態勢を立て直し、コルスタッドを視界に捉える。ルージュは、ニイナの顔をチラリと見る。


 おい、ナイトさん。このままじゃ、目覚めのキスも出来ないぜ。



 


 

 

 


 


 

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