第8話 ヒット・エンド・ラン

 民間人であろうとも、奴らには関係ない。ルージュの震えは、そこで怒りによるものに変わる。

 

 やらせないっ!


 ルージュは、レバーにあるボタンを操作する。するとコルスタッドの腕が動き、ビームガン・バルティエラを手に取った。腕がゆっくり上がり、その照準が、漆黒のレイダーに向けられる。


 殺るか殺られるか。


 今までは、一方的に奪われる側だった。それが今は、誰かから奪う立場になっている。ルージュの指先が、恐怖の震えに変わる。

 敵も味方もない。奪いたくなんてない。それじゃ、私も一緒じゃないか。父を奪ったあいつらと。


 それでも、黙って見ていることなんて出来ない。だったら私は、私が……


 ルージュは歯を食いしばり、レバーのボタンを押した。するとベルティエラの銃口から、ビームが漆黒のレイダーに向かい飛んでいく。


 それは刹那の出来事だった。


 けれど漆黒のレイダーは何かを察知していたのか、自身に向かい飛んでくるビームをかわした。けれど不幸中の幸いか、ビーム兵器を手にした左腕は、綺麗に消し飛んでいた。


「あ……」


 ルージュの口から、絶望的な声が漏れる。

 漆黒のレイダーのアイカメラと、ルージュの眼が合う。ルージュはシートでうなだれる女の脇から足を差し込み、


「もうちょっと、もうちょっと我慢して!」


 と言いながらアクセルペダルを踏み込むと、握ったレバーを前に押し出す。するとコルスタッドは背部のスラスターから勢いよく煙を吐き出して立ち上がり、右前方に飛んだ。


 ここじゃダメ。もっと開けた場所に!


 ここにはまだ逃げ遅れた人々がいる。市街地から離れようとするルージュだが、そんなことを許してくれるほど、漆黒のレイダーのパイロットは甘くない。腰元から柄を抜き取り、ルージュとの距離を詰める。


 ルージュはビルの間を縫うように移動しながら、コンソールで破損部位や武装を確認する。

 バルティエラのエネルギー残量は少ない。撃ててあと一、二発といったところだろうか。

 他の武装は、腕部のバルカンに肩部の追尾ミサイル、サーベル・ベルテッド。あとはシールドが生きている。


 来た……


 索敵レーダーの赤い点が、もうすぐ近くに迫っている。ルージュは周囲を警戒しながら、ビルの陰に身を隠す。

 足音が聞こえる。それは誰かを探すように、それでも着々とルージュへと近づいてくる。

 ルージュは、バルティエラからベルテッドに武装を変えた。そして左手でシールドを握った。


 ビルの隙間に、漆黒のレイダーの姿を捉えた。


 実力差も機体差も歴然としている。その状況で一矢報いるのなら、相手の不意を衝くしかない。

 ルージュは息を殺して、その機会をジッと待つ。そして漆黒のレイダーのメインカメラが逸れた瞬間、


「やってやんよ」


 ベルテッドを構えたコルスタッドが、スラスターを噴かせて、一直線に漆黒のレイダーへと向かう。

 それに気づいた漆黒のレイダーが、サイドステップで距離を取る。けれどコルステッドの方が一足速い。


「クソったれ!」


 ルージュは、胸元目掛けて突きを繰り出した。それを漆黒のレイダーは、身を捩ってかわそうとする。

 ベルテッドの切っ先は、胸元を外れて左肩を貫いた。金属音と共に、破損部分から火花が散った。


 けれどそれは、致命的なものではない。


 漆黒のレイダーの手にした柄に、更にビームが出力されて刀状となる。この距離ならば、踏み込むことなく、コルスタッドのコクピットを貫ける。

 ルージュは反射的にレバーを引いて、肩に突き刺さったベルテッドを引き抜きながら後退する。と同時に、腕部のガトリングを発射する。


 カンカンカン


 という間抜けな音が周囲に響く。その衝撃に、漆黒のレイダーの機体が揺らぐ。けれどそれも、致命的なものではない。

 ルージュはサイドステップでビルの陰へ。スラスターを噴かせながら、隙間を抜けていく。

 その衝撃に、女が苦しそうに息を吐く。ルージュは心の中で、『ごめん』と謝りながら、それでもアクセルペダルを踏み込んだ。


 周囲には、木々の緑が増えてきた。対してビルの数は減っていき、高さも低くなっていく。もうそろそろ、市街地を抜けることになる。

 遮蔽物が少なければ、それだけ敵の的になりやすい。素人ならばなおさらだ。それでも、ルージュに迷いはなかった。 


そうだ、こっちだ。ちゃんとついてこい。


 漆黒のレイダーは距離を詰めるでもなく、一定の間隔でルージュの駆るコルスタッドを追跡している。

 そして市街地を抜けようかというところで、漆黒のレイダーを示す赤点が動きを止めた。ルージュは、


「なんだ?」


 と呟いた。諦めたのか、それとも何か別の理由か。ルージュはホッと息を吐き、アクセルペダルを踏む力を弱めた。


 索敵レーダーに示された赤点が、ぐんぐんと遠ざかっていく。


 けれど次の瞬間、索敵レーダーに別の赤点が現れて、もの凄い速度でルージュに向かい近づいてくる。


 増援か……


 ルージュは、血と汗にまみれた額を拭った。アドレナリンが出ているのか、痛みも疲労も感じなかった。

 

 選択肢は三つ。迎え撃つか。逃げるか。投降するか。


 三つ目はない。迎え撃つか、それとも逃げるか。いずれにせよ、自身の技量では結果は分かり切っている。だったら……


 追いつかれるのは時間の問題だ。かと言って、今更、どこか安全な場所で女を降ろすことも出来ない。


 すまんね、見知らぬ人。


 もっと自分が強ければ、賢ければ。ルージュは申し訳なさそうな表情で、女の頭を優しく撫でた。

 その時だった。パイロットルームに電子音が響いた。それは、何者かからの通信が入ったことを知らせるものだった。


 


 

 


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