第6話 鎮魂の日

 リンファの乗艦するセントローレルは、原因不明の左舷トラブルにより、予定の時刻を大きく過ぎて出港した。

 また他にも、第七宙域連合艦隊に所属する戦艦二隻、重巡一隻、駆逐艦二隻も、航路の変更などで遅れをとっていた。


 レイバスク周辺には、アレクシア・ベーメやコスモヘイローといった錚々たる艦船が集結していた。

 そして連合艦隊の面々には、セントローレルをはじめとした艦船の遅れはすでに伝えられていた。


 地球における未確認レイダーによる襲撃事件。


 そしてこの艦船トラブルと、レイバスクに集まる多くの者が、言いようのない不気味さを覚えていた。


 1997年7月28日11時47分。ところ転じて第五コロニー『サースヴァイン』。


 ユースレイラ財団と複合企業・VAD社による多額の支援を受けて誕生したサースヴァインは、長年、工業コロニー(当初は主に軍需産業。後に先端技術産業)として発展してきた。

 ユースレイラ財団、VAD社共にカナダのキングストンに本部、本社を構えているが、コロニー完成より支部を設立し、今でも、サースヴァインの行政や立法に強い影響力を持っていた。

 都市部には企業や研究機関、教育機関の近代的なビルが建ち並んでいる。そして今日はレイバスク会議か、地球におけるレイダー襲撃の影響か、多くの軍人が周囲の警戒にあたっていた。


「じゃ、またのご利用を!」


 ダークブロンドのポニーテールにタンクトップ姿の女が一人、『FOX PIZZA』と印字された箱を男に手渡し、ビルから出てきた。 


「はぁ〜、あっつ〜……」


 女は人工の空を見上げながら、タンクトップの胸元をつまんで風を送る。そして一つ息を吐き、『FOX PIZZA』と刺繍された帽子を目深にかぶった。


 彼女の名前はルージュ・スカーレット。軍でオペレーターとして働くハン・リンファとは、高校時代からの付き合いだった。


「配達完了。次に向かう、っと」


 ルージュは携帯端末を操作して、宅配が完了したことを記録した。そして宅配バイクにまたがるとエンジンをかけ、『F◯CK』というステッカーの貼られたハーフヘルメットをかぶった。


「あー、そこの君。ちょっといいかな?」


 今にも走り出そうとアクセルに手をかけたルージュに、軍服姿の男が二人近づいてきた。


「はぁ? どうかしたんすか?」


 ライフルを肩にかついだ厳つい男を前にしても、ルージュに変わった様子は見られない。


「仕事中にすまないね。今日はこの先、通行止めになっているんだよ」


 今日はゼイン宙域紛争終結の日であり、各コロニーでは、慰霊のための式典が催されている。ここサースヴァインでも中央広場で式典が行われており、この辺一帯では交通規制が敷かれていた。


「あー、知ってるっすよ。大丈夫、ちゃんと迂回路も調べてるんで」


 ルージュはバイクに取り付けたナビを指さし、「バッチリっすよ」と得意げに笑ってみせた。


「それならよかった。すまないね、不便をかけて」

「いーっすよ。こればっかは仕方ないっす。それじゃ、もう行っていいっすか?」

「ああ。それじゃ、暑いけど頑張ってな」

「お兄さんたちもね」


 ルージュはバイクを反転させ、アクセルを回した。背後では男たちが、「お兄さん、ですってよ」と笑っていた。

 

 鎮魂の日。


 多くのユニグラントにとって、今日は心穏やかに祈りを捧げ、平和であることを噛みしめる日のはずだった。


 11時59分。


 家電量販店の軒先に並んだモニターでは、レイバスク会議での様子が生中継で放映されていた。

 各コロニー、地球の代表者が赤絨毯の上に横並び、その前では、ゼイン宙域紛争終結を記念して制作された『平和の置時計』が静かに時を刻んでいた。

 その映像を数人の歩行者が足を止め、ある者は手の平で風を送りながら、ある者はアイスを舐めながら、ある者は神妙な面持ちで見つめている。


 12時00分。


 画面の向こうで、平和を祈る鐘が鳴った。サースヴァインでも、平和を祈る鐘の音が響いた。

 けれどその数秒後、画面の向こうは光に包まれ、電源を落としたかのように暗くなった。

 そしてサースヴァインでも、鐘の音をかき消す轟音が響いた。周囲は黒煙に覆われて、人々の阿鼻叫喚が聞こえてくる。


 それは、ほんの一瞬の出来事だった。先ほどのまでの日常が、まるで幻想であったかのように砕けて散った。


 バイクから道路に投げ出されたルージュは、血の滴り落ちる腕を押さえながら立ち上がる。

 赤ん坊を抱えた女が、裸足のままで脇を駆け抜けていった。泣き叫んだ子供が、必死に親を探していた。

 落下した瓦礫の下には、先ほどまでアイスを食べていた少女が見えた。そのすぐ近くには、スーツだろうか、ちぎれた男の片腕が落ちていた。


 空を見上げれば、漆黒のレイダーと宙域連合軍のレイダーが、激しく切り結んでいる姿が見えた。


 その光景に、ルージュは茫然とした。そして次第に、言いようのない怒りがこみ上げてくるのが分かった。

 ルージュは近くに転がっていたバイクを起こし、アクセルを回した。大丈夫、エンジンは生きている。


 リンファ、いったいどうなってんだ!


 ルージュは軍で働く親友の顔を思い浮かべながら、怒りに任せてアクセルを目一杯回した。

 


 




 

 


 




 


 

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