第4話 アレクシア・ベーメ

 第7宙域連合艦隊に名を連ねる戦艦、アレクシア・ベーメは、その悠然とした佇まいから、長年『貴婦人』と呼ばれ親しまれてきた。


 初航海より艦長はジョージ・シュミット大将が務め、その人気に恥じぬ多くの戦果を上げてきたアレクシア・ベーメだが、設備の老朽化などから、今年での引退が決まっていた。

 またそれに合わせてか、ジョージも今年いっぱいでの退官を決めており、その後は趣味のプラモデル制作の傍ら、士官学校で講師として後進の育成にあたることになっていた。

 

 そんなジョージの最後の大仕事が、明日、国際統合機構と宙域連合との間で開催されるレイバスク会議での警護だった。

 そこでは、第七宙域における地球開発コロニーの建設及び地球における宙域側の軍事基地建設に関する取り決めがなされる予定となっていた。


 「で、例のボウヤはどんな感じだい?」


 そう言うと、ジョージは艦長室の椅子に身を沈め、パイプの煙を天井めがけて吐き出した。


「あの若さで、操縦技術、状況分析能力、判断力と、パイロットとして必要な素質は群を抜いています」


 そう答えるのは、アレクシア・ベーメに乗艦するパイロット、フェリクス・ベッテル大尉だった。

 フェリクスはジョージの対面の壁に腕を組んで寄り掛かり、感情の読めない顔で虚空を見ている。


「噂通りの逸材かい?」

「ではないかと」

「君にしては珍しいな」

「正当な評価ですよ」

「なるほど。なら、タイマンでは君でも負けるかい?」

「シュミレーターなら、そうなるかもしれませんね」


 先のゼイン宙域紛争にも参加し、現在は小隊長を務める宙域連合のエースパイロットの発言に、ジョージは面白そうに口角を上げた。


「戦場ならまた違うと?」

「ええ。今の彼になら、戦場で負けることはないかと」

「勝てる、と言わないところが君らしいな」

「戦場では些末なことです」


 フェリクスはそう言うと、下を向き目を閉じた。恐れをなすような存在を前にしても、フェリクスの態度は普段となんら変わらない。


 私の目に狂いはなかった。フェリクス・ベッテル。君はいいパイロットであり、指揮官だ。


 二十八才。若き小隊長に向かい、ジョージは心の中で賛辞を贈った。と同時に、そんな若者と最後に仕事をできる喜びに感謝した。


「何事もなければいいんだが」

「そうですね」


 明日7月28日は、ゼイン宙域紛争の終結記念日となっており、フェリクスにとっては、上官と友人を亡くした日でもある。

 いわばユニグラントにとっては鎮魂の日、その日に新たな火種となる恐れのあるレイバスク会議を開催することには批判の声も多かった。

 ましてや、そこに来て地球の騒動である。遠く離れているとはいえ、嫌な雰囲気が漂っていることは間違いなかった。

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