第3話 女艦長と元艦長
レイノルド基地襲撃の五日前、第一コロニー『レイバスク』で行われる調印式警護のために第三コロニー『ナロアーツ』を出港した戦艦・コスモヘイローは、補給のため、第二コロニー『ヨークバイン』に入港した。
白と薄桃色を基調としたコスモヘイローは、NOTS社が中心となり製造したユーリックアロー級にあたる最新鋭の高速型宇宙戦艦であり、現在はマリーダイス基地に配属されていた。
艦長を務めるのは、先のゼイン宙域紛争において駆逐艦・リリーナイツを駆り莫大な戦果を上げた『戦場の白百合』こと、ポッケ・ヘイロー大佐、若干二十才の女性だった。
「補給の方ですが、夕刻までには完了するかと思われます」
ドックに入ったコスモヘイロー、それを見上げながら、コルティクス基地所属のヒロミ・ナンバ中佐が言った。
「お忙しいところありがとうございます、ナンバ中佐」
ポッケは軍帽を脱ぎ、ヒロミに礼を述べる。そよ風が吹き、ミディアムボブに整えられた栗色の髪がふわりと揺れた。
「いえいえ。それより聞きましたよ、連合艦隊入りが決まったそうで」
「お耳が早い」
「おめでとうございます」
「おめでたくなんてないですよ。はぁ~、参っちゃうな~」
「なにをおっしゃります。名誉なことじゃないですか」
「ほんとに思ってます?」
「もちろんですよ。なんせあの連合艦隊ですからね」
ポッケはそう言うヒロミの顔をジッと見て、「ほんとかな~」と碧い瞳をぐるりと回した。そして腰に手をあて、「名誉じゃ睡眠欲は満たせぬのです。お肌の大敵、睡眠不足!」と胸を反らした。
軍服の上からでも分かるほどに、ポッケの胸は豊満だった。ヒロミは瞬時に視線を逸らすと、「まあ、その気持ちも分らんではないですが……」と気まずそうに虚空をにらんだ。
「そんなことより、聞きましたよナンバ中佐!」
「な、なんですか急に!?」
「それはこっちのセリフです! 艦、降りたんですって!」
ポッケはヒロミに近づくと、胸元をギュッと掴み、「なぜ、なぜ!?」と激しく揺すった。ヒロミはその勢いに押されながら、「ちょ、ちょっと落ち着いて……」と困ったように言った。
「本当なんですか?」
「本当ですよ」
「もう艦には乗らないっていうのも?」
「今のところは……」
ポッケは逃さぬようにとヒロミの視線をジッと捉え、「ナンバ中佐。あなたがそこまで背負う必要はないと思います」と下唇を噛みしめた。
それにヒロミは、「分かっています。なんでこれは、俺個人の子供染みたワガママですよ」と自嘲気味な笑みを浮かべた。
「なんだなんだ、痴話喧嘩か?」
「え、あの二人ってそういう関係だったの!?」
「いやいや、そんなん聞いたことないぞ」
「ポッケ艦長って、確か二十才とかだろ?」
「ヒロミ中佐は、今年で三十四ですね」
「おい、それって犯罪じゃないのか?」
「別に犯罪ではないですね」
「そうよ。いいじゃない、年の差カップル。それが逆に燃えるのよ」
上官二人の珍しいやり取りに、ドック内を行き来していた隊員たちは足を止め、好き勝手に話し出す。そんな無数の囁き声が、ドック内のいたるところから聞こえてくる。
「あの……、なんかすいません……」
ポッケは頬を赤らめて、申し訳なさそうに謝った。ヒロミは「いえいえ、うちの教育不足です」と微笑むと、ポッケからそっと離れた。そして皆に聞こえるように咳払いを一つすると、
「暇な奴が多いなら、山中行軍でも提案しようかね?」
と言った。
するとドック内は途端に静まり返り、次の瞬間、足を止めていた隊員たちは忙しなく動き出した。
「やれやれ、困ったもんだよ」
「ふふっ。人の性ですね」
「難儀な性ですな」
「だからこそ、人は面白いんです」
「過ぎれば毒ですよ」
「それより、今後はどうなさるんです? レイダー乗りにでもなりますか?」
「無理無理。一応、情報本部への出向が決まっています」
各宙域連合と各コロニーとの関係は、地球におけるアメリカ合衆国の連邦政府と州政府の関係によく似ている。
各コロニーは独立した立法府、行政府、司法府を有しており、軍事に関しても広い裁量権が与えられている。
そしてそれらを統括するのが、各宙域連合政府ということになる。
ヨークバインやナロアーツが所属する第七宙域連合なら、連合政府は第八コロニーであるセントバークに置かれている。
またセントバークには防衛総省や連合軍本部、情報本部なども置かれており、第七宙域における最重要拠点となっていた。
「なら、セントバークにお引越し?」
「何もなければ、再来月には」
「また遠いところに」
連合政府を始め、元は第一コロニー『レイバスク』に置かれていたが、数年前、防衛上の観点から、第七宙域でも離れにある第八コロニー『セントバーク』にその機能のほとんどが移転されていた。
僻地にある田舎コロニー。
当初、そこに異動の決まった職員たちは、収監や島流しだと自虐的に話の種にしていたが、ここ最近は開発も進み、都市と自然の調和のとれたロールモデルとして注目されるまでになっていた。
「士官学校の講師という話もあったんですけど、そっちはどうも気が乗らなくて、お断りさせてもらいました」
「いい話じゃないですか。どうして断っちゃったんですか? ナンバ中佐に向いていると思いますけど」
「師匠にも言われましたよ。今までの経験を後進に託すのも、立派な仕事の一つだからな、って」
「お師匠さんって、確か、シュミット艦長でしたよね? シュミット艦長も、退官後は、士官学校で教鞭をお執りになるそうじゃないですか」
「ええ、ミネルヴァの士官学校だそうです。でも俺は、『先生』なんていう器じゃないですよ」
本心なのか謙遜なのか、ポッケには、ヒロミの表情から読み取ることはできなかった。
戦略家であり、連合随一の駆逐艦乗り。
むしろ経歴、実績だけを見れば、ヒロミ以上に適任の人物探す方が難しいとまで言える。
「まあ、いずれにせよ、ナンバ中佐は、艦長から間諜になるというわけですね」
「ん?」
「間を謀る、の間諜です。スパイですよ、スパイ」
「あー、上手いこと言いますね」
「で、どうなんです?」
「それもないかと。士官学校時代の同期がそこで働いていて、その伝手で出向が決まったようなもんなんで。要はコネですね。なんで、そこまで重要な仕事は任せられないとは思いますけど」
ヒロミはそこで少し間をあけ、「まあ、のんびりお茶でもすすってますよ」と頭を掻いた。
「その意志は固いというわけですね」
「ええ、ダイヤモンドより」
「なら、私たちはその損失を受け入れるしかないと」
「逆ですよ。そう言ってもらえるのはありがたいことですが」
「ふふっ。まあ、これ以上聞くのは止しましょう。それじゃ、私は一度、艦長室に戻ってから司令部の方に向かいます」
「ご案内しますよ」
「いえ、少し荷物の整理もしたいので」
そう言うと、ポッケはタラップに足をのせた。そしてヒロミと向き合うと、
「いくらデータを揃えても、人が判断するのなら、そこには必ず主観が入る。だから仲間が傷つけば苦しいし、その判断をした者は自身を責める。それが上に立つ者、命を預かる者の責任だ。それからは逃げられないし、逃げてはならない。私が先生に言われたことです」
ポッケは優しく微笑むと、軍帽をかぶり背筋を伸ばした。そしてヒロミに向かい敬礼をし、背を向けて歩き出す。タラップを踏む音が、やかましいドック内にもよく響く。
ヒロミはその迷いない足音を聞きながら、ポッケの背中を見送った。そしてポッケの姿が艦内に消えると、司令部に向かい歩き出した。その表情は、軍帽の影になり見ることはできなかった。
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