第2話 マリーダイス基地司令部にて
ヨーク小隊と漆黒のレイダーによる戦闘が始まってから、一時間ほどが経過していた。宇宙空間に浮かぶ第三コロニー『ナロアーツ』では、多くの者が通学や出勤のための準備をしていた。
ナロアーツの中心部、ライブロー地区から車で四十分ほどの場所にあるのが、ナロアーツの防衛を担うマリーダイス基地だった。それはナロアーツの出入口、軍港の役目も果たしていた。
現在、マリーダイス基地の司令部には、司令官であるロッド・ベルナルド大将をはじめ、軍幹部や情報局、研究部の面々が揃っていた。
「それで、サテナからの報告はどうなっている?」
ロッドは両手を組むと、金髪を後ろで束ねた秘書然とした美しい女、情報局の主任分析官であるケーラ・ハミルトンに問いかけた。
尋ねられたケーラは量子ディスプレイから視線を上げて、「あれ以降は」と理知的な声で首を横に振った。
話に出たサテナとは、オーストラリアのアリススプリングスにある軍事基地のことであり、地球の国際統合機構と各宙域コロニーにより組織された宙域連合が共同で運営する唯一の軍事基地となっていた。
表向きには、地球における各国と宙域コロニーとの円滑な情報共有を主目的としている。けれどその背後には、互いの軍事行動や軍事研究への監視、牽制というのが透けて見えており、結果、それが平和維持にもつながっていた。
「サンフランシスコ、フェリクストウ、ラ・ロシェル、ムルマンスクときて、香港に鴨川か。節操がない。奴らめ、いったいどこに隠れていやがった?」
「情けない話ですが、まだ見当もつかない状況です。ですがこれだけの戦力ともなれば、ただのテログループだとは考えられません」
言葉に出さなくとも、誰もが、その背後に国家や企業の影を見ていた。もしその予測が正しく、表面化するような形になれば、また事態は違った局面へと移ることになる。
「更に厄介なのは、奴らの行動原理。いわば、思想の方にある。あの統率された動きに潔さ、奴らの根底には核となる思想があるはずだ。邪な思想であれば御するのは容易いが、そうでないとなれば面倒だ。下手を打てば、後の世まで尾を引くことになるだろう。それに……」
ロッドは目を細めると、司令部に並べられた量子ディスプレイに視線をやった。そこでは、各国軍隊と漆黒のレイダーとの戦闘映像が流されていた。
「今回の件に、我々の同胞が関わっている可能性もある。そうなれば、今までのような小競り合いとは違い、アースリングとユニグラントの対立構造はより明確なものとなるだろう」
「市民感情レベルでは、既にその兆候が見て取れます。それでなくとも、昨今のアースリングのユニグラントに対する怨嗟の念は強いものがありますので。この件にユニグラントが無関係であったとして、十分な火種にはなり得ます」
「隣の芝生は青く見える、とはよく言ったものだ。今やコロニー生まれ、地球を知らぬ者も増えた。知らぬということは好奇の対象であると同時に、畏怖の対象ともなるわけだ」
「そうですね」
「それに、このタイミングも不気味だな。明日の調印式、無事に終わってくれるといいんだが」
ロッドは苦笑を浮かべ、軍帽の鍔をクイと下げた。ケーラも「ですね」と天井を見上げた。他の者も、それは同じようだった。
けれど一人だけ、スーツ姿の若い男、内務省よりマリーダイス基地に出向中のオールド・アストンは、頬杖を突き微笑んでいた。
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