応援コメント

ふたり乗り」への応援コメント

  • 性別なんて関係なく、
    人として好意を抱く。
    それはそれで、いいんじゃないかしら。
    たまたま好意を寄せた人が同性だった。
    ただ、それだけのこと。
    だから、
    自分を決めつけなくても、ね。
    (*^_^*)

    作者からの返信

    結音さん、コメントありがとうございます!

    結音さんの仰る通りだと思います。
    一方で、セクシャルマイノリティ・性の多様化の情報だけが溢れ出ている状況で、心の未成熟な子どもたちは置いてきぼりにされているのではないか。そんな思いで書かせていただきました。

    セクシャルマイノリティや性の多様化を否定するつもりはございません。ただ、そこだけを注視するのではなく、今の子どもたちの性をどのように育んでいくのか、どのように性の向き先について学ばせるのか。そんな視点での性の多様化も進んでほしいなと思います。

    お読みいただきまして、ありがとうございました!

  • 爽やかな仕上がりの作品ですね。
    久美子先輩が自分の知識の範囲内で精一杯理恵ちゃんを励まそうとする、その関係性が素敵だと思いました。

    簡単に言えば「同性が好きなんて、一時の気の迷いなんじゃない?」ということだと受け止めましたが、それってこれまで同性愛者が散々言われてきた台詞で、下手するとがっかりする返しの上位にランクインしかねないと個人的には思うのですが、異性愛者の子にとっては救いの言葉なのでしょうね。
    もしどちらかが異性だったら、「焦って結論を出すことないよ」という展開にはならない気がします。(むしろ、じゃあお付き合いしてみてから考えよっか、なんてなるかも)

    二人は、LGBTQ+を理解しようという気持ちはあると言ってはいますが、まだ具体的に知ろうとはしていないように見受けられます。
    自分が同性愛者かもしれないと悲観的になる理恵ちゃん、レズビアンを「女性『しか』愛『せない』」と欠格者のように言う久美子先輩。
    理恵ちゃんが気持ち悪いと思っているのは、「自分が同性を愛すること」なのか、同性愛者へのイメージなのか。生理的に無理だと思うならその感覚を抑え込む必要はないけれど、おそらく無意識に学習してしまったのであろう「同性愛者になったら怯えなければいけないものなのだ」という価値観が余計に悩みを深くしてしまっているのではないでしょうか。

    好きという気持ちが恋なのか、恋ならば同性への恋なのか、それは確かに焦って決めずに自分にしっくりくるものを見つければいいと思います。決めたら一生変わらないものではなく、(性別適合手術でもしない限り)取り返しがつかないものでもありません。

    お二人には、今後はセクシャルマイノリティに絞らずセクシャリティ――SOGIについてもう少し知るようにしたほうがいいんじゃないかなと思いました。自分がマイノリティ当事者かどうかと疑うならなおさら。

    …と、登場人物の将来についてついあれこれ考えてしまいました。
    もしもお目汚しのコメントになってしまっていたら申し訳ありません。
    読み手がつい考察してしまう作品は、力のある良い作品だと思っています。

    作者からの返信

    宇野さん、コメントありがとうございます!
    また過分なご評価を賜りましたこと、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

    「同性が好きなんて、一時の気の迷いなんじゃない?」

    という意図はまったくございません。
    私の表現力不足ですね。大変申し訳ございません。

    理恵は、久美子のことが同性愛として好きなのか、先輩後輩の関係で好きなのか、先輩への憧れの気持ちなのか、それが自分でも判別できていません。本文にもあるように、理恵は同性愛を理解できていない部分があり、「男性が好きなのが普通」という固定観念があるので自分を気持ち悪く感じています。マイノリティがあれば、マジョリティもあるわけで、理恵の心はその間で迷い彷徨っている状態で、どうしたらいいのか分からずに混乱している状況にあります。

    久美子はそういったことに気付いたので「ここで結論を出してはいけない」と警鐘を鳴らしながら「今の自分の気持ちを素直に受け入れよう」と諭しました。久美子が警鐘を鳴らしたのは、セクシャルマイノリティではダメだということではありません。また久美子が言っているのは、セクシャルマイノリティは欠格者だということでもありません。彼女が言っているのは、恋愛経験が少ない今、性の向き先をここで決めてはいけない、ということです。だからこそ、今の想いを否定する必要はないと言っていますし、いつか理恵が同性愛者だと判断したとき、理恵を受け入れると明言しました。ただし、久美子自身は同性愛者の傾向はありません。キスできないと言ったり、「受け入れる」という表現をしたのは、そういったことですね。

    理恵と久美子は、これからも仲の良い先輩後輩なのだと思います。そんな中で、異性同性年上年下、様々な出会いがふたりの性や心を成長させながら、最終的な性の向き先が決まっていくことになるでしょう。

    セクシャルマイノリティの情報が先行して溢れていく中、心が未成熟な子どもたちが置いてきぼりになっているように思います。子どもたちにとって、セクシャルマイノリティとはまだ「異」なるモノであり、「受け入れる」と感じるモノなのかなと考えています。そんな子どもたちに「セクシャルマイノリティの理解が足りない。勉強不足だ」と一刀両断するのは危険なように思います。性の多様化は悪いことでは決してありませんが、セクシャルマイノリティの理解を進めていくのと同時に、子どもたちの性をどう育んでいくのか、性の向き方についてどう学ばせるのか、そういった視点で性の多様化を進めていくことも重要かと考え、このお話を書かせていただきました。

    今後、情報に翻弄される子どもたちへの性の教育も多様化の重要課題になってくれればいいなと思います(そんな願いを込めて「心の教育」というタグを設定しています)

    >もしもお目汚しのコメントになってしまっていたら申し訳ありません。

    とんでもございません!
    貴重なご意見をお寄せいただき、心から感謝しております。
    企画へ参加させていただきまして、ありがとうございました!

  • こんにちは。
    ハナビシトモエです。

    キィコキィコというリズムの上に理恵の告白が乗っている。思っても願えども達成できない恋心。
    後ろの席に座れるだけでも特別だなと思います。でも、好きになっちゃったのだから、もう自転車の様に止まらないのは仕方ないですよね。

    ガチ受け取りました。
    また機会があればよろしくお願いします。

    作者からの返信

    ハナビシさん、コメントありがとうございます!
    また素敵な企画に参加させていただきましたこと、重ねて御礼申し上げます。

    理恵はまだ久美子への想いが「同性愛としての恋」なのか、「先輩後輩の関係での好き」なのか、「先輩への憧れ」なのか、自分で判別ができていません。久美子はそれに気付いており、ここで結論を出してはいけないと警鐘を鳴らしました。自分を好きな想いは大切にしてほしい、でもレズビアンという言葉に縛られた恋はしてはいけないと。

    性の多様化が進んでいく中で、もしかしたら子どもたちは置いてきぼりにされていて、それに翻弄されているのではないか。そんな思いで自分なりに、真剣に恋に苦悩する子どもの姿を書いてみました。
    性の多様化が進むのは喜ばしいことですが、子どもたちの性をどう育んでいくのか、今後の大きな課題ではないかと思います。

    どんな想いであっても「好き」という気持ちを久美子に受け入れてもらえた理恵。きっとすごく嬉しかったと思います。

    自分なりのガチ、受け取っていただき感謝でございます!
    お読みいただきまして、ありがとうございました!


  • 編集済

    理恵さんは、本当に素敵な人を好きになられましたね。

    そもそもLGBTQの思想が、好きな人を誰に憚る事無く好きだと言える社会を目指してるハズなのに下手に頭文字を持ってきたせいでややこしくしてる感があると感じてます。
    「○○さんの事が好き」だけでいいハズなんですがね、言葉の縛りは思考を歪ませるのでややこしくていけないのです。

    それはともかく、素敵な関係を拝読させて頂きました。ありがとうございます。

    あ、あと私も キィコ キィコ 好きですw

    作者からの返信

    dedeさん、コメントありがとうございます!
    またこちらにも大変なご評価を賜りましたこと、重ねて厚く御礼申し上げます。

    理恵は、久美子のことを「先輩と後輩の関係で好き」なのか、「先輩への強い憧れがあって好き」なのか、「同性愛として好き」なのか、この物語の時点では自分で判別ができていません。久美子はそれに気付いたので「今『自分はレズビアンだ』という判断を下してはいけない」と理恵に警鐘を鳴らしました。

    性の多様化が進むことは、決して悪いことではないと思います。
    ただ、その情報や思想だけが先行してしまい、理恵のように心の未成熟な子どもたちが置いてきぼりにされているのではないかと感じています。
    多感な時期に直面するであろう多様化した性。それに悩んでいる子どもたちは大勢いると思います。そんな子どもたちをどうサポートしていくのか、また子どもたちの性をどう育んでいくのか。セクシャルマイノリティだけにフォーカスするのではなく、既存の性を持ち合わせるヒトたちへのサポートも進めないと、本当の意味での性の多様化にはならないかなと思います。

    お読みいただきまして、ありがとうございました!


  • 編集済

    昔、知り合った年配女性が、友人に自分のマンション部屋に泊まらないと誘われて逝ったら、その友人が同性愛者だったので驚いたというお話をされていました。しばらく経ってまたその話題がでたので、よほど不快だったのですね? と伺いましたところ、とてもきれいな人だったので、不快ではなかったという答えが返ってきました。――そういうこともあるのでしょうね。

    作者からの返信

    いずみさん、コメントありがとうございます!
    また過分なご評価を賜りましたこと、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

    昨今、セクシャルマイノリティの話題が上がることがとても増えました。性の多様化を進めていくには、セクシャルマイノリティの理解が必要だと思いますので、良い傾向だと思います。

    一方で、溢れ出る多様な性の情報に、未成熟な心を抱えた子どもたちが翻弄されているのではないかと考え、この物語を書いてみました。
    理恵が同性愛者かどうかは、この物語の時点では分かりません。久美子への思いは、単なる憧れかもしれないのです。久美子はそれに気がついています。だからこそ、同性愛を否定するのではなく、ここで結論を出してはいけないと警鐘を鳴らしました。
    理恵のように、性の向き方に悩む子どもたちの心をどうサポートしていくのか、悩む子どもたちの性をどのように育んでいくのか。性の多様化を進めていくのであれば、子どもたちへのサポートや教育も必要なのではないかと思います。

    以下、私見です。
    同性愛者の女性が他の女性を自分の部屋へ誘うのであれば、自分が同性愛者であることを相手にもきちんと理解してもらわないのは卑怯です。同性とのワンナイトラブもあるかもしれない前提でついていくのか、身の危険を感じて断るのか、ついていく方は正しい判断ができません。
    部屋で何があったのかは分かりませんが「とてもきれいな人だったので、不快ではなかった」のは結果論であり、同性であることを利用した卑劣な行動だと私は思います。またその意見は、自分のされたことは大した事ないと思いたいがためのものかもしれません(性暴力や性犯罪の被害者がそういう心理の下、不特定多数の男性と関係を持つようになったり、売春に手を染めたりすることがあるようです)
    セクシャルマイノリティを理解していこうという良い流れがある中、こういった行動が他の同性愛者の立場を著しく悪くしてしまうことを、その方にもご理解いただきたいですね。

    長文の返信、失礼いたしました……
    お読みいただきまして、ありがとうございました!

    編集済

  • 編集済

    相変わらずセンシティブな内容を攻めて行きますね!!素敵です!!

    キィコ キィコ

    のリフレインがとても効果的に配置されていて、この物語の世界観を作り出すと同時に、この二人の会話に加わっているかのような錯覚すら覚えます。

    良いお話でした!ありがとうございますm(_ _)m

    作者からの返信

    かごのぼっちさん、コメントありがとうございます!

    この物語がとてもセンシティブなことにお気付きいただき、とても嬉しいです!

    昨今、セクシャルマイノリティが語られることがとても多いです。性の多様化を進めていくには、そういった性的少数者の方々への理解が必要ですので、それ自体は良いことだと思います。
    ただ、そんな性の多様化に子どもたちが翻弄されているのではないか。そんな視点で書いてみました。

    理恵がレズビアンかどうかは、この段階では分かりません。そんな理恵のような子どもたちをどうサポートしていくのか。理恵のような子どもたちの性をどう育んでいくのか。これも大きな課題なのではないかなと思います。
    「中学生の頃に同性の先輩が好きだったので、自分はレズビアンだと思っていました。でも、そう思い込んでいただけで、実際は違いました。それは単なる先輩への憧れでした。それに気付いたのは五十代になってからでした」
    こんなニュースを将来見たくないですからね……

    良いお話と仰っていただき、感激です!
    お読みいただきまして、ありがとうございました!

  • 下東さん、こんにちは😊

    久美子先輩が、理恵後輩の気持ちをまっすぐ受け止めて、自分の思いもきっちり伝えてるところが素敵ですね。
    色んな愛の形があっていいんじゃないでしょうか。
    真剣に相手のことを思えるってことは性別や年齢、国籍を問わず、素晴らしいことだと思います。

    難しいテーマに挑まれる下東さんも素晴らしいです。

    作者からの返信

    この美さん、こちらにもご評価を賜りまして、大変恐縮でございます!
    本当に感謝です!

    性の多様化が広がっていく中、セクシャルマイノリティの理解を深めるのは大切だと思うのですが、情報だけが先行して溢れ出ている現状で、理恵のような悩みを持っている子どもが多いのではないでしょうか。
    理恵は久美子のことが「好き」ですが、それが『先輩と後輩の関係での好き』なのか、『先輩への憧れ』なのか、『同性愛の対象として好き』なのか、その判別がついていません。久美子はそれに気付いており、ここで結論を出してはいけないと理恵に警鐘を鳴らしました。理恵がこのまま「レズビアン」という言葉に縛られることを懸念したのです。
    心が未成熟な子どもたちを置いてきぼりにした性の多様化は、そういう危険をはらんでいるのではないかと私は考えて、この物語を書いてみました。

    久美子は理恵の恋の対象でいることを受け入れました。久美子に恋する間にも、理恵は様々な経験をしていくことになります。その中できっと「本当の恋」を見つけることになるでしょう。自分の性がどこに向いているのか、そこで初めて知ることになるのです。

    「性」は本当に難しい問題ですね。「性の多様化」に翻弄される子どもたちをいかにサポートしていくかも、とても重要なのではないかと私は思います。

    何気にセンシティブな物語でございました。
    お読みいただきまして、ありがとうございました!

  • もうそろそろ性別分けする時代でなくなってもいいのじゃないかと思う。
    カクヨムでは、そのてん年齢不詳、性別わからんてな感じがすごく楽しい。
    これは男のの人の言い分やと思うことはあっても、そこはそれ。
    男や女や拘らんと、ほんま恋を楽しんだらええのや。

    作者からの返信

    オカンさん、こちらにもコメントとご評価を賜りまして、本当に恐縮でございます。重ねて厚く御礼申し上げます。

    >もうそろそろ性別分けする時代でなくなってもいいのじゃないかと思う

    そうですね、随分と性の多様化も進んできています。
    どこまでボーダーレスにするのか、どこまでをボーダーとするのか、今後時間をかけたすり合わせが始まるように思います。

    >男や女や拘らんと、ほんま恋を楽しんだらええのや。

    近い将来、そういう経験を積みつつ自分の持つ性を自覚していく……そういう未来が来るかもしれませんね。ただ、それが原因で痴話喧嘩や殺傷事件が多発しそうな気もしますが……

    お読みいただきまして、ありがとうございました!

  • 「女子」と書いて「好き」と読む。

    言葉や周りの事象に振り回されずに素直に人を好きになって欲しい。

    作者からの返信

    わたくしさん、コメントありがとうございます!
    また本作にも過分なご評価を賜りましたこと、重ねて厚く御礼申し上げます。

    >言葉や周りの事象に振り回されずに素直に人を好きになって欲しい

    そうですね、わたくしさんの仰る通りだと思います。
    ただ、すぐに結論は出さないでほしいなとも思います。久美子の言うように、同性が好きな気持ちがあるとしても、未成熟な心で結論を出して、それに縛られないでほしいです。慌てなくても、いつかきちんと結論が出ると思いますので。

    性の多様化を進めていくには、セクシャルマイノリティへの理解が必要ですが、同時に子どもたちへの教育も必要なのではないかなと思います。
    中学生の頃に女性の先輩が好きだったので、自分はレズビアンだと思い込んでました。でも、実際は違ったようです。気がついたのは五十を過ぎてからでした……なんて話を将来聞きたくないですからね……。

    お読みいただきまして、ありがとうございました!

  • 多分久美子先輩も、理恵ちゃんの気持ち気付いてたのかもですね
    先輩自体はノーマルなれど、いきなり否定するんじゃなく、もう少し考えて貰い、其れでも好きと告られても否定はしない、エッチとかは出来ないけど、とちゃんと意思を持っていえているし、いい感じかと
    久美子先輩も10代だし、恋の事について判ってない……今後もしかしたらレズビアンになるかもしれないというのを否定してないのもいいですね

    作者からの返信

    あるまんさん、こちらにもコメントをご評価を賜りまして、本当にありがとうございます!

    思春期の複雑な想いと、直面した「多様化する性」に苦悩する中学生。こんな子どもたちが、何気に多いのではないでしょうか。

    性の多様化を進めていくには、セクシャルマイノリティへの理解を深めると同時に、子どもたちへの教育と慌てて答えを出させないということも大切なのかなと素人ながらに思います。

    とても難しいテーマでしたが、また機会があればこういった物語を書いてみたいと思います。
    お読みいただきまして、ありがとうございました!